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日々の便り

 

宇宙の始まり

今日の東京は、割とよい天気です。快晴とはいきませんが空気は暖かいですし、照ったり陰ったりする日差しも良い感じに柔らかく、外で過ごすのが気持ち良さそうですね。しかし、今日も私は部屋に籠り切り。なにしろ病み上がりというより未だ闇に片足を突っ込んでいるような有様ですから、致し方ありません。というわけで、今日はレコードを聴きながら読書に勤しんでいます。

レコードとコーヒーと、読書で過ごす日曜の午後。うん、字面だけならなんだかブルジョワな感じもしますね、肝心の本人が外に出たくて仕方ないという事情さえ無ければ。まぁ人生諦めが肝心。ちょうど先程小難しい一冊を読み終えたところですので、内容を忘れないうちに感想でも書いておこうと思います。

○宇宙の始まり
著者:アレニウス・スヴァンテ
翻訳:寺田寅彦
初出:1944年(岩波文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000226/card1150.html
※リンクは青空文庫です

約70年前の考古学的、哲学的、ならびに科学的知識に基づく宇宙論。寺田寅彦にしてはやや思い込みが多いなと思ったら、実はただの翻訳作品だったと知って、納得。特に序盤の思い込みの多さは寅彦らしくもないところが多いので、首を傾げていたところです。

文体は寅彦にしてはやや硬めで、言い回しのやや威厳のあるところはどことなく漱石を彷彿とさせますが、漱石のような造語のオンパレードや送り仮名の妙なところは全然無く、日本語として整っていて読み易いのはやはり寅彦らしいところです。

内容は人類の宇宙観について、伝説と占星術の時代から哲学の時代を経て哲学と科学の混淆した時代に至り、やがて純然たる科学による宇宙研究の時代になるまでを追ったもの。列挙された知識はいかんせん一世紀程前のものですので、まだ放射性炭素年代測定法も無く、原子力も未だ知られてはいないということもあって、誤謬と誤解の塊と言っても過言ではありません。

とはいえ、世界各地の神話伝承に見る宇宙観の類似性や、各宗教における宇宙論の比較など、興味深い考察は多数含まれており、あくまで誤謬を含んだお話程度のつもりで読むのであれば、現在でも充分に参考になるものと言えるのではないでしょうか。

個人的に興味深かったのは、哲学者達と天文科学の関わりについて。かつて占星術が天文学の担い手であったことは周知の事実であるかと思いますが、それを引き継いだのが哲学者達であったことを知るものは、哲学に明るくはない一般人の間ではそう多くはないでしょう。かのカントも宇宙論を記していたというのですから、驚きですね。

占星術から哲学へとその担い手が移り変わって行く間に横たわっているのは、ご存知暗黒時代。世界中に宗教が台頭し、無知と迷信が人類を支配した時代です。科学史を読んでいるとどうしても避けて通れないのがこの時代ですが、この作品もこの時代について扱っています。「愚かな人間の知恵」(笑)として否定された科学はこの時代に大幅な後退を余儀なくされ、哲学の時代に至ってもう一度やり直す事になります。

なぜそんなことになったかと言えば、そもそも全く思考力など必要としない宗教を知識という脅威から守るため、キリストやイスラムは勿論、宗教がこぞって科学を抹殺しようとしたからです。それまでの時代に蓄積された文献は多くの場合焼き捨てられ、図書館は破壊され、学者は殺されて、人類は文明を失ったと言っても過言ではありません。

やがて権勢を恣にした宗教が支配者達から疎まれるようになると、科学は避難所を得ることになります。そうして再び哲学と占星術の練り物の中から発展してきたのが、現在の科学という訳なのですね。

しかしこの本が記された時代の科学は、現在のそれと比べるといかんせん初歩的なものでしかありませんでした。そのため、彼等は現在とはかなり違う宇宙観を持っていたようです。曰く、宇宙には始まりも終わりも無いであるとか、惑星の内部はガス体であるとか、太陽の熱の源は圧力による発熱であるとか、あるいはただの燃焼であるとか。

キュリーがラジウムを発見したのはこの本が書かれる少し前の事だったそうですから、まだ世界は核融合や核分裂を知らず、恒星のエネルギー源をニュートン物理学の範囲のみで説明しなければならないという無理難題に挑んでいた訳です。

また当時はビッグバン説はまだ提唱されておらず、それと似たような仮説の可能性が示唆されていたに過ぎません。ですから、宇宙の天体の持つ運動エネルギーの起源もまた諸説紛々であり、これといって確たる証拠を示す事が出来たものはありませんでした。故に、この作品の筆者が輻射圧(光圧)をその起源として有力視していたのも、致し方ない事なのかも知れません。

ただ、光圧の微弱さを考えれば、初速ゼロの状態ではそれが恒星や惑星の重力に対抗しうる程のエネルギー足り得ない事は、当時でも分かりそうなものだと思うのですが・・・この作品の筆者は、どうしてそこに思い至らなかったのでしょうね。ソーラーセイルの実用性については近年JAXAのイカロスが実証したわけですが、イカロスとて初速を与えられてこその光圧航法です。

まぁいずれにせよ、つまりここに記されている宇宙論はその多くが間違ったものであり、今となっては否定された過去の理論をまとめた書籍に過ぎないといえば、その通りでしょう。しかし、それは無価値な事と言えるでしょうか。大衆的に見れば、そうなのかも知れません。しかし、私は以下の筆者の言葉の方が、より正しいものの見方であると思うのです。

“皮相的な傍観者の眼には、一つの思考体系が現われると、他のものが転覆するように見えることが往々ある。そのために、科学研究の圏外にある人々からは、明解を求めんとする我々の努力は畢竟無駄であるという声を聞くことがしばしばある。しかし誰でも発達の経路を少し詳しく調べてみさえすれば、我々の知識は最初は目にも付かないような小さな種子からだんだん発育した威勢の良い大樹のようなものであることに気が付いて安心するであろう。”

科学とは即ち、人類の積み上げてきた無数の実証と訂正の繰り返しであり、一般人が今正しいと信じ込んでいる事柄のうちの幾つかでさえ、いずれはひっくり返るのかもしれません。しかし大事なのはそういう訂正を不断に継続してきたという事実であって、絶対の正解の有無ではないのです。

かつて宗教が人類に強要した無思考と妄信、絶対服従からは何も生まれません。考える事を嫌がる大衆は、なにかと手軽に得られる「正解」を求めるものですが、無償で手軽に得られる正解などというものは、そもそもないのです。

現在あたかも無償で得られるようになったかに見える幾つかの「真実」でさえ、その背後には無数の学者達の不断の努力があり、数多の仮説が否定され脱落して行く中で「実証」により生き残ったものであるということを認識するなら、現在の科学に対して向ける視線もまた少しは変わって来るのではないでしょうか。そういう意味では、こうした過去の人々の考えを知る事もまた、それなりに価値のある事であると思うのです。


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