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日々の便り

 

冬の巨人

今日の東京は、かなりの寒さでした。私は冷暖房嫌いなので、室温が15度を切らない限り暖房なんて使用しないのですけれど、さすがに今日は暖房を多用しない訳にはいきませんでしたね。それにしても、以前から不思議に思っているのですけど、暖房を使うと顔がアブラっぽくなるのは何故なのでしょう。

どのみち気温は16度程度までしか上げないのに、それでも暖房を使った場合と、そうでない場合の16度では全く違うのですよね。暖房は顔が火照るし頭がぼんやりするので嫌い。冷房は関節が痛くなるし、肩と背中が強張るので嫌い。寒いのなら動けば良いのですよ、この時期ならばそう、例えばおせちを作るとか。実際、今日の午前中はきんとんを練るのに忙しかったので、暖房などなくともホカホカしていたものです。

冬は夏と比べると楽しい事が少ないのが難点ですが、体との相性という意味ではむしろ好ましいのですよね。何より、頭が冴えるので冬の空気は好きです。しかし文学作品はともかく、娯楽作品で冬の寒さが身にしみるような作品って、あまり見ないのではないでしょうか。冬のイベントネタは多くありますが、それらが描く冬はこれっぽっちも寒くないのです。と思ったら、最近そんな作品に出会いました。

○冬の巨人
冬の巨人 (富士見L文庫)
著者:古橋 秀之

世界の全ては雪と氷に閉ざされており、そこを巨人がゆっくりと歩き続けています。人類はその巨人の背に都市を築き、巨人の発する熱だけを頼りに食料を生産し、街を暖め、そして機械を動かして暮らしていました。人々は巨人がいつからそうして歩いているのか、どこへ行くのかを知りません。しかし、いつかその旅が終わるという事だけは、古い伝承として受け継がれているのでした。これは、そんな世界の物語。

人々が外界へ出る事を拒むのは、ただひたすらに続く雪原と、吹雪。別に魔物が居る訳でもなく、血湧き肉踊る超人のバトルが勃発する訳でもありません。ただ、ひたすらに寒い、そして冷たい。生きるために熱が必要な動物にとって、それ以上に恐ろしい世界など有り得るでしょうか。ですから人々は都市に閉じこもり、巨人の寄生虫として細々と生き続けていたのでした。

ところが、そんな人類にも変わり者がいました。それは主人公・・・ではなくて、その雇い主、ディエーニン教授です。教授は多くの人類とは異なり、巨人や外の世界、ひいてはその行く末について調べ、知ろうとする人だったのでした。これがまずこの作品の良いところですね。大抵の作品は主人公こそ最も先見性のある賢者にしてヒーローとして祭り上げたがるのですが、この作者は違います。

なるほど主人公の視野は広く、鋭い観察力をも有していますが、長い年月をかけて培われた教授達の知恵や知識には遠く及ばず、本人はそれを自覚しています。特に抜きん出ている点があるとするならば、それは絵を描く能力くらいでしょうか。この能力は物語の展開の鍵となるものですが、それが世界を救う訳でもなんでもない。この現実的パワーバランスは、ラノベではなくむしろ文芸的であると言えるでしょう。

むしろ主人公にとっての「力」になるのは、ヒロインのジェーニャとレーナです。ジェーニャは権力者の娘で、主人公に権力者とのパイプという力を与えます。勿論、多くの厄介事というお代と引き換えに、ですが。彼女はラノベではおよそ見掛けない、むしろ西洋小説のヒロインのような性格なので、控えめな女性像に慣れている日本人には少々きっついタイプに写るかも知れません。

そしてもう一人のヒロイン、レーニャは「世界」との接点を与えます。彼女は何度も主人公を救いますが、そもそも人ですらない彼女とは、最後の最後までほとんど全く意思の疎通が出来ません。これも何といいますか、むしろ文芸的な描き方ですよね。普通は、世界の化身の不思議少女が、主人公とあっさりコミュニケーションした挙げ句にべた惚れになったりするものですけれど。

そして何より魅力的だったのは、描かれる「寒さ」が絵空事ではない、ということ。ほんとに寒いのです、読んでいて身震いするくらいに。よくある安い小説の、イベント導入用の寒さとは訳が違うのですよ。そしてそんな寒さをさらに印象付けるのは、巨人の有り様。それはよくある力強い巨人ではなく、老いて腰を曲げ、息も絶え絶えに歩みを進める老人のような姿をしているのでした。

物語は、外の世界に調査に出た教授と主人公が、そんな巨人の姿を遠くから眺めるところから始まります。ここでの教授と主人公のやりとりがとても魅力的なのですよね。語られているのは当たり前の事なのですけれど、それでいて普段はあまり意識されない事柄。それを殊更にご教訓ぶったりせず、あくまで先生らしい先生と弟子らしい弟子の会話として微笑ましく提示する、その描き方には大いに惹かれました。

文体とその表現力、台詞とそれ以外のバランスは極めて整っており、もはやこれは文芸にカテゴライズしても良いくらいです。冲方丁さんの作品くらいのバランスと言えば、分かる人には分かるかも知れませんね。彼も作品が文芸だったりラノベだったりする方ですが、この方もそういった、境界線の曖昧な作風の方と言えるでしょう。そのため、文章好きな人ならば、きっと導入だけでもその世界に引き込まれる事と思います。

ただ惜しむらくは、たった一巻で完結させるためか、物語の展開が性急である事。本来ならばもっと丁寧にゆっくりと描くべきであろうエピソードが、怒濤の勢いで展開して行きます。特に、「悪役」の立ち位置や事情などは、あんな仕方で説明するべきではなかったのではないかなと。あんな取って付けたような告白をさせるくらいならば、いっそ何も言わずに去らせるべきだったのでは。

この本と同じくらいの長さで、3巻構成くらいにはできそうな濃い内容をたった一冊に詰めたために、あちこちだいぶ取って付けた感があるのがどうにも残念。御陰でラストも重みが足りず、若干拍子抜けな印象さえ受けてしまいます。とはいえそれが残念に思えるのは、一重にそれ以外の部分の素晴らしさがあってこそのことでしょう。

描かれている「世界」のなんともいえない独特の雰囲気と質感は、それだけでも充分に満足感を得られるものです。もし私に絵心があったなら、是非ともこれを映像化したいと思えるほどに。できることなら文芸作品として、もっと大幅に巻数を増やして丁寧に書き直して欲しい、そんな重厚な作品でした。表現力のある文章がお好きな方になら、きっと気に入って頂けるのではないでしょうか。

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