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日々の便り

 

やもり物語

毎年この時期になると、台所の窓に馴染みのお客がやってきます。その名はヤモリ。我が家ではちょっとしたアイドル的な存在でして、これがために台所の灯りをLEDに替えずにいるくらいです。窓に貼り付いて虫を狙うその姿は実にユーモラス。そして、意外と不器用なのですよね。というか、鈍いのです。

一頃はこれが数匹居たものですが、近年はすっかり数を減らしてしまいまして、昨年からはその出現も不定期になっていました。それで、今年は姿を現すかどうかと気をもんでいたのですが、とうとう昨晩姿を現したようです。そろそろ夏という事なのでしょう。

ヤモリは守宮とも書き、縁起の良い動物として古来から親しまれています。そういえば寺田寅彦の作品にも、このヤモリが登場するものがありました。それがこちらです。

○やもり物語
著者:寺田寅彦
初出:1907年(ホトトギス)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card24395.html
※リンクは青空文庫です

寅彦の下宿時代を題材に描かれたと思しき、随筆的小説。物語中のキーアイテムとしてやもりが登場しますが、意外な事にこの作品では、やもりを不吉な連想を引き起こす鍵として用いています。作品の主人公は、恐らく寅彦自身でしょう。冒頭で、毎年夏の初めに精神の具合がおかしくなると述べられていますが、これは若き日の寅彦の特徴的な部分でもありますから。

主人公は毎年初夏になると鬱状態に突入するため、この季節を嫌っていました。しかし梅雨に入り、木々を洗い流す雨が降るようになると、彼の気分も少し和らいだようです。彼は雨に洗われた景色を眺めていると、決まって自分も風呂に入りたくなったそうで、わざわざ雨の降る中、下宿から風呂屋へと出掛けて行くのでした。

ヤモリが登場するのは、そんな風呂屋への道中。暗闇坂と呼ばれる長い坂の中程の街灯に、やもりはいつも貼付いていたそうです。まず彼は、そのやもりを見る度に豊かだった少年時代を思い出し、あまりに変わってしまった現在の境遇を思っては気分を腐らせていました。それだけでも良いイメージのないやもりでしたが、さらにある出来事がその不吉さを増していきます。

その出来事というのは、坂の下に住む雑貨屋の一家の事でした。どうやらその家は奥さんが邪慳で、なにかと面倒の元になっていたようです。彼女はまず訳も無く婿養子を追い出しますが、それが不幸の始まりに。やがて娘さんが病気で亡くなり、ついで奥さん自身も病で苦しむようになります。

その様子を風呂屋の行き帰りに見ていた主人公は、坂の途中のやもりを見、また一家の不吉な噂を耳にするにつけ、やもりが不吉な呪いを吐いているかのような空想をするのでした。そしてほどなく、邪慳だったその奥さんも亡くなるのですが・・・。

作品の主題は、やもりや周辺の出来事からくる、主人公自身の精神状態の変化でしょう。主人公は語り手ではありますが、何等積極的な行動を起こす事なく、語り手であると同時に傍観者としての位置を守ります。作品の半分は主人公自身のことで、残り半分は坂下の雑貨屋の事。二つの話題を繋ぐのが、やもりというキーワードでした。

主人公は前半で悪い方向に変わった自分の境遇を想い、中盤では同じく悪化して行く雑貨屋の境遇を想います。そうして二つの出来事を繋ぐやもりの印象は、どんどん悪化して行く訳ですね。しかし、雑貨屋の主人の境遇の好転が、そんな悪いイメージを払拭させました。自分の境遇は変わらないにも拘らず、やもりへの悪い想像が起こらなくなったという最後の記述は、主人公の精神状態の変化を物語っているのではないでしょうか。

描写は専ら客観的で感情移入も少なく、実に淡々としています。ただ、街灯にくっついているやもりの目の様子など、どう見ても誇張したとしか思えない表現があるあたり、あまり写実的な作品とはいい難いようですね。むしろどちらかといえば、心象を重視した表現なのでしょう。

作品の大半を覆う重く憂鬱な雰囲気が、最後に明るく健やかに変化する様子は、読む者を安心させます。と同時に、それまでの大部分を占めていた不吉な映像よりも、最後の健やかさの方が印象に残るから不思議なものですね。なんとなく、主人公の心象変化を追体験させられるような作品でした。

毒入りチョコレート事件

寺田寅彦の随筆は考えさせられるものあり、思わず膝を打つような的を射た指摘あり、そうかと思えば文学的情緒も有りでなかなか面白いのですけれど、さすがにそればかり読んでいると疲れてきます。やはり随筆はどこまで行っても随筆でして、小説の代わりにはならないのですよね。

そういうわけで私は、時折小説にうつつを抜かしてしまうのです。で、今日読んでいたのがこちらの作品。読み始めたら夢中になってしまいまして、あっというまに読み終えてしまいました。文庫版で352ページですから、そこそこ長い作品だとは思うのですけれど、よほど面白かったのでしょうね。

毒入りチョコレート事件【新版】 (創元推理文庫)
題名:毒入りチョコレート事件
著者:アントニイ・バークリー

推理物好きの間では、恐らくかなり有名な作品。名作とも言われる一冊で、故に数々の作品の原型になったり、様々な批評が試みられていたりする作品でもあります。一通り読んでみた感想としては、率直に面白い。そして、最終回答が始まるまでは真犯人に気付かせない手際はさすがとしか言いようがありません。

よくある日本人作家のものとは違って証明の論理性に重きを置いているので、それも有難いところです。どうも日本人作家の作品って、受けの良いのは動機の部分でグダグダむだに語りたがる悪癖がありますよね、真実の愛がどうとかアイのカタチがどうとか。正直そういうのは虫酸が走る私ですが、この作品は無駄に語ろうとしないのでいやらしさがなくて良いのです。

この作品を最初に読んだ時、冒頭の事件の提示の時点で私の思い描いたストーリーは、提示される推理の中では最も確実かつ論理的、さらに巧妙に見えた主人公のものとほぼ同一でした。恐らく推理もの慣れしている人だと、彼の構築したような推理は一瞬で頭に浮かぶでしょう。同時に、それを補強する事実の数々もすぐさま指摘出来る筈です。

ところが、この作品はそういった王道推理は先に見せず、あえて馬鹿げているように見える推理案から提示して行きます。それでいて、各々の案は明確に間違った結論を導いているものの、理屈としては筋が通っているように見えるという事を、殊更強調するのですね。実際、それらは明確に全否定できるものではなく、しかし確からしいとも思われない、そういうものばかりです。

大きなヒントが与えられるのは、三番目の語り手の推理のとき。ここで作者は、世間の推理小説家がこぞって用いる、アンフェアな、それでいて実に筋が通っているかのように見える論法を茶化して見せます。ここで主張される重要なヒントは、一言で言ってしまえば「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」ということ。

ところがこれだけ「推理小説的技法」に異議を唱えておいてから、最も推理小説的な主人公の説が提示されます。作者の上手いところは、ここで読者に疑念を起こさせないように、実に良く話が練られているという事。特に提示の順番が上手いですね。読者は次第に確信を深めて興奮して行く主人公のテンションにつられて興奮してしまい、疑問点に気付きにくくされてしまうのです。

現実の司法や事件捜査の話にあまり興味が無い人ならここですっかり騙されるでしょうし、逆に事件捜査に対して多少なり知識のある方は、おやと思われるでしょう。私は後者で、彼が間違いを犯している可能性は全て気付きました。でも普通、小説ではそこはあえて問題にされない部分です。実際、推理小説なんて所詮その程度のものでしょう?

ところがです。この作者は、そんな風に推理小説をなめている読者に対して、痛烈な一撃を見舞うのです。そしてさらに巧妙であるのは、痛烈な一撃がさらに罠になっている、というところ。過ちを指摘しているのは確かなのに、あえて自分もそれと同じ過ちを犯して事実をねじ曲げてみせるのですね。

明らかに間違いを指摘し得たその指摘そのものが、指摘したのと同じ間違いを犯していると気付く人は少ないでしょう。気付いたとして、今度こそ「小説なんてそんなもの」とたかをくくるのではないでしょうか。しかし、それこそが罠なのですね。ここで作者をなめていた人は騙されるでしょうし、そうでない人はピンと来た筈。ちなみに私は、再びまんまと騙されました。

最後の種明かしは作中でも指摘されている通り、立証が困難な点が多いお話です。それでも指摘された点においては全てつじつまが合っており、真実らしく見えます。それまでに提示されて来たそれっぽい推理とどこが違うのかと言えば、単に作中で当事者からそれが事実だと認められている、ということだけ。要するに、作品中の「真実」などというものは、結局その程度のものでしかないのです。

この作品は結局、徹頭徹尾「推理」というものに対しての糾弾になっているのですね。推理小説でありながら、推理小説を手厳しく非難し、その欺瞞性を暴いている。そんな作品であったと思います。名探偵の推理なんていうものが現実に通用すると信じている人にとっては、あまり読みたくない作品でありましょう。同時に、状況証拠が如何に薄弱な証拠であるか、ということを素人にも理解させてくれる作品でもあります。

とはいえ個人的には、幾つか指摘したいところもあるのですよね。例えば、チョコ一個あたりの毒がどうして致死量でないのか、ということ。結論では狙われたのは男女二人ですが、この量では甘いものを好まない男性側は死にません。また、犯人はターゲットと極めて親しい間柄にあったのに、彼がチョコを捨てようとすることを予見出来なかったのも不思議です。

作品中では、予定されていた密会がお流れにならなければ、チョコは予定通りターゲットの手により運ばれた筈と決めつけていますが、どうでしょうか。ターゲットがチョコを捨てようとした理由は「気ぐらいの高さ」だったのですから、そうであれば密会があろうと無かろうと結果は同じである筈。

そこを「偶然」で片付けてしまうのがこの作品なのですが、犯人が「人の心理分析に非常に長けた賢く冷静な人」という設定と矛盾してしまいます。そういう人なら、まずその可能性を考慮するでしょう。私が作者なら、ターゲットを二人ではなく一人に絞るか、さもなくば毒の量を増やしたでしょうね。

他にもちらほら気にかかった部分はありましたが、まぁ作中でも指摘されている通り、モグラたたきをしてもっともらしく見せかけたところで、それは「意図されたルートで筋道が通る」だけの事に過ぎないのです。推理小説を読む以上はそこは大目に見るべきでしょうし、書く側はあまり自分の理論に酔うと恥ずかしいよ、というのが、この作者の言いたかったことなのではないかなと思いました。

一度は読んでみる価値のある、実に興味深く、同時に面白い作品だと思います。

聖なる怠け者の冒険

おはようございます、また土曜日がやってきましたね。ただ起きて働いて寝てを繰り返していると、ただでさえ早い一週間がより飛ぶように過ぎて行くような気がします。まぁ、楽しみも何もない苦痛だけの時間なんて、飛ぶように過ぎてくれればその方が有難いのですが。

そんな一週間を過ごして週末を迎え、それを四回繰り返せば一ヶ月が過ぎ、一ヶ月を十二回繰り返せばもう一年が過ぎている。そんな当たり前の事実に焦燥感や無力感を味わっている方は少なくないのではないでしょうか。恐らくそれは、まっとうに働いているほとんどの人に共通の感覚なのではないかと思います。こと日本人には「休日」はあっても「休暇」はないのが常ですからね。

そんな日本人にとって、唯一自分の時間を生きられるのが休日。では、その時間をどう使うべきなのか。これはなかなか奥の深い問題です。しかし、大別するならこの二通りしかないと言えるでしょう。即ち、怠けるか、動き回るか。ではどちらを選ぶべきなのか・・・これまた奥の深い問題です。というわけで、今朝はこの本をご紹介しましょう。

聖なる怠け者の冒険
タイトル:聖なる怠け者の冒険
著者  :森見登美彦

とある筋金入りの怠け者と、とある筋金入りの働き者の休日が交錯する、不思議な物語。森見登美彦さんの作品ですから、とりあえず滑稽味豊かな物語である事は間違いありません。そして、舞台はお約束の京都。森見さんが初めて手掛けられた新聞連載小説の単行本ということです。

とは言っても、新聞連載の原稿をまとめたもの、というわけではないのだそうです。なんでも、それでは単行本にまとめる作品としてはあまりにアレだったのだそうで、単行本化に当り全部書き直したのだとか。つまりこの作品は新聞連載と同じ舞台設定および登場人物を使用した、全く別物の書き下ろしという事になります。

例によって登場人物は変人ばかりですが、例によってその誰しもがどこか憎めない魅力的な人ばかり。主役級の人物をざっと紹介すると、まず主人公の小和田君、そして浦本探偵。この二人は作中では少数派の、できるかぎり怠ける派です。

そして対立軸・・・というほどだいそれたものではありませんが、対照的なのがまず後藤所長、恩田さんと桃木さん。この御三方は小和田君の仕事の関係者で、休日を充実させる事、そして冒険をする事にひとかたならぬこだわりを見せます。また、浦本探偵の助手の玉川さんもその同類と言えるでしょう。

そして後半まで正体が明かされない・・・といっても、始まった途端にバレバレなのですが、そこは突っ込まないでおいてあげるのが思いやりという事で・・・「怪人」の「ぽんぽこ仮面」が登場します。少々多いですが、物語は彼等それぞれの視点を切り替えながら進んで行きます。

長編小説なのですが、扱われているのはたった一日の出来事。後日談で翌日の話も入りますが、本編はある土曜日の、朝から晩までの出来事と言ってよいでしょう。

事件の顛末を小和田君視点で簡単に追うと、後藤所長の送別会後に前後不覚に陥り、目を覚ますと小学校の校庭で縛られていて、なぜかぽんぽこ仮面に「跡継ぎになれ」と迫られているところで玉川さんと知り合い、途中のドタバタの最中はひたすら眠りこけ、ぽんぽこ仮面の身代わりで捕まって、なんとなく事態を丸く収めてしまった、という感じ。

これでは何の事やら分かりませんので、玉川さん視点で追ってみましょうか。要約すると、ぽんぽこ仮面を捕まえ損なって、跡継ぎとして目を付けれた小和田君をつけ回し、蕎麦屋でぽんぽこ仮面捕獲作戦に巻き込まれ、道に迷い、道に迷い、また道に迷い、偶然小和田君をある場所で見付け、帰り道の案内をしました、という。

これでも意味不明すぎますね。では今度は、浦本探偵視点で行きましょう。要約すると、ぽんぽこ仮面の身元調査の依頼を受け、張り込みしている振りして怠け、玉川さんに張り込みを引き継いで怠け、ビルの屋上で怠けていたところで小和田君と会い、酔った玉川さんのせいで依頼人に土下座する羽目になり、小和田君の御陰で依頼料をせしめ、そして傍観者として怠け、以下略。

ついでにぽんぽこ仮面視点で追うなら、小和田君に跡継ぎを迫ってふられ、蕎麦屋で襲われ、学生寮で黒幕を退治したと思ったら、さらにその黒幕に襲われ、それも倒したと思ったらまた新手に襲われ、恩田さんと桃木さんに助けられ、街中で追い回され、へとへとになって休んでいたら事態は急転直下、いつのまにか周り中がぽんぽこ仮面になっていた・・・と。

そう、単一視点でこの物語を語ろうとすると、謎は深まるばかりなのです。しかし、ひとつの視点からみると意味不明でしかないこの事件を順序よく組み合わせ、視点を切り替えて行く事で、滑稽味溢れたひとつの物語として構成しているのですね。

そして同時に、このひとつの物語の中には、幾つもの小さな物語の起承転結が含まれているのです。それらは物語の本筋とは全く関係が無いようで、しかし、それぞれに物語の「本質」とは深く関わっているというこの奥の深さ。ドタバタや滑稽な台詞のやり取りの中に、じんわりと沁みる一言が隠されています。

要するにこれは生き方の問題、時間の過ごし方の問題を扱った作品なのでしょう。後藤所長や恩田さんにしても小和田君にしても、「今の時間を短く感じる」ことや、人生があっという間に消費されて行く事に疑問や不満を感じていると言う意味では同じです。だから、彼等はその時間を充実させようとするのです。但し、それぞれにその手法が異なっている訳ですが。

そんな幾つもの「休日の充実法」が交錯し、そして人外まで加わって織りなされるドタバタ劇。その締めくくりに一番多くのものを得たのは、恐らく後藤所長だったのではないかと思うのです。彼は多くを失いもしましたが、それはいずれにせよ手放すしかないものでした。ある意味このお話の本当の主人公は、彼であると言っても良いでしょう。

というわけで、私は彼が一番のお気に入り。キャラが立っているのも良いですね、「偽アゼルバイジャン人」なんて、そうそうお目にかかれるキャラではないでしょう。一番人間離れしているのに、一番人間臭くて、哀れで滑稽でみっともなくて、でも最高に格好良い。人間の魅力を凝縮したような人物でした。

そうそう、この作品は森見登美彦ファンへのサービスも忘れていません。例によって友情出演があるのです。森見さんファンなら恐らく序盤で気付くでしょうけれど、浦本探偵はその筆頭ですね。直接姿は現しませんが、ダルマとしてその弟も登場していたようです。さらに、「宵山万華鏡」に登場した人ならざる物達も再登場していますので、既読の方は是非探してみて下さい。

ところで、この作品には幾つもの印象的な台詞が登場するのですが、中でも一番記憶に残った言葉があるのです。それは後藤所長の朝のプロトコル。「充実した土曜日の朝は、熱い珈琲とタマゴサンドウィッチから始まる。」なんだかちょっと真似したくなるのですよね、別に卵サンドなんて好きではないのですけれど。

まぁそれだけ、所長が好きになったという事なのかも知れません。ちなみに私も、休日は充実させる派です。というわけで、本日もこれから外出の予定。折角早く起きたのですから、午前中から走り回って来ようと思います。でもその前に、熱い珈琲をもう一杯。タマゴサンドはなしで。

草枕

近頃、漱石の作品を読み返していてつくづく感じるのですが、漱石の作品は少し時間を開けて、二回読むべきだと思うのです。特にあまり魅力を感じなかった作品は、後日改めて読んでみると良いでしょう。鍛えられ変化した視点と、既に筋を知ってしまっている事から生まれる余裕をもってもう一度作品を読んでみると、それまで煩わしいと思っていたところに、あっと驚くような素晴らしさがあったりするものですから。

まぁ原理的には、恋をすると景色が云々と同じですね。精神的な余裕の有無やそもそも期待している事の相違などにより、同じものの見え方が全く違ってしまうというのは、なにも映像だけの事ではありません。というわけで私は、この作品を読み返しつつ、その素晴らしさに唸らされています。

○草枕
著者:夏目漱石
初出:1906年(新小説)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card776.html
※リンクは青空文庫です。

とある画家の旅を描いた作品。作品そのものについてはそれほど語られる機会は無いかと思いますが、冒頭の一節は非常に有名で、現代でも様々な作品にしばしば引用されているようです。漱石に詳しくない方でも、恐らくこの一節だけは見聞きした事があるのではないでしょうか。

"智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。"


いわゆる社会というものの面倒臭さ、特に日本人気質の面倒さ加減をさらりと要約した名言ですね。なにもないところからこの一節を生み出したというだけでも、漱石のセンスには脱帽せざるを得ません。この作品は「非人情」という漱石独特の造語をテーマにした物語で、その解釈については色々と解説が試みられているようですが、簡単に言ってしまえば俗世のしがらみから解放された精神的態度、とでも言ってしまえば良いでしょう。

上に引用した冒頭の一節は、主人公が山道を歩きながらあれこれ考えている事柄の中の一節。要するに主人公は、俗世のそういうドロドロとした部分にほとほと疲れ果ててしまっているのですね。彼はそういう臭い部分を切り捨てて、詩や絵を作る時のような心境で世の中を眺めたいと願い、そのために飄然として旅に出た人物なのです。

ですから主人公は、例えば人の噂を聞くにしても、起こった事柄を聞くのは好みますが、気の毒だなんだと人の情に立ち入った話を聞くのは嫌がります。とはいっても彼も人の子、気味の悪いものを見れば気味悪がりますし、なにかといえばやはりすぐにあれこれ勘繰ったりしたくなるのですね。

しかし、そんな自分をさえ彼は否定し、修正を試みるのです。例えば、宿泊初日の出来事。深夜一時過ぎに、庭先で地元に伝わる身投げした乙女の辞世の句をひたすら繰り返す女の声がかすかに聞こえ、少しずつ遠のいて行くという怪談まがいの出来事があるのですが、その出来事の意味を思わずあれこれ考えあぐねた後、こんな風に考えを改めるのでした。

"余が今見た影法師も、ただそれきりの現象とすれば、誰れが見ても、誰に聞かしても饒に詩趣を帯びている。――孤村の温泉、――春宵の花影、――月前の低誦、――朧夜の姿――どれもこれも芸術家の好題目である。この好題目が眼前にありながら、余はいらざる詮義立てをして、余計な探ぐりを投げ込んでいる。せっかくの雅境に理窟の筋が立って、願ってもない風流を、気味の悪るさが踏みつけにしてしまった。"


何がそこまで主人公を人情から遠ざけるのか、作中には記されていません。とはいえこの事からしても、半ば病的なまでに彼が人情の世界を嫌っているのだという事は分かりますね。この作品は、そうして人情を持ちながらそれを否定した境地に入ろうとする、主人公の葛藤の物語と言ってしまっても良いでしょう。

しかしこの主人公、どうやら面倒な相手に捕まってしまったようです。それというのがこの物語のヒロインであり、前述の深夜の歌声事件の犯人でもある宿の出戻り娘、那美でした。彼女の行動はいちいち奇矯で人を馬鹿にしており、その奇行は地元でもしばしば話題になる程です。当然主人公も振り回されるのですが、振り回されるうち、次第に耐性がついてきます。

もしも彼が一般の人と同様に人情に振り回されていたら、きっとその奇行の数々にすぐに参ってしまったことでしょう。他ならぬ主人公も、そうに違いないと考えています。しかし彼はあくまで非人情を志しているため、彼女の行動の動機などをいちいち詮索せず、その行動の絵的ないし詩的な趣のみに注意を向けようと努力し続けます。

ラストシーンで主人公が見せる、一見無神経で不人情な態度は、そんな「非人情」な視点の完成を意味していると言っても良いでしょう。そのとき彼は那美の心情を慮るでも無く、ただそれまで作為的に作られてきた彼女の表情が消えて、呆然とした瞬間に自然と浮いて出た「憐れ」が絵になると、ただその事のみを喜ぶのです。

ところがこの幕切れ、ここまで書いてきたような視点で物語を読まないと、非常に唐突で意味不明に見えるようですね。そのせいか、ラストシーンの意味が分からないなどと文句を言う人から、果ては主人公がヒロインに懸想しているかのような解釈をする人まで出て来る始末。

しかし、ありがちな主人公とヒロインの物語として読んでしまうと意味が分からないこの結末は、前述のような理由で極めて筋の通った、実に適切な幕切れなのです。また、ラストシーンがこのような形にされていることから、漱石が主人公とヒロインの関係などはなから描く気がない事は明々白々。

また、那美を非人情な女と評する向きもあるようですが、私はそうは思いません。むしろ彼女は徹底的に人情の世界の人であり、ドロドロとしたしがらみを奇矯な行動で覆い隠して、あたかも風流であるかのように振る舞っているに過ぎないからです。だからこそ、主人公はそんな日常の彼女の顔ではなく、呆然とした瞬間の作為性の無い表情を必要としたのではないでしょうか。

とまぁ、語り出したらきりなく語れるこの作品。こういった哲学的な「筋」、いっそ鋼の筋とも呼ぶべきそのしっかりとした筋道の魅力のみならず、文章的な表現の面でも、また描かれた風景の魅力という意味でも見所が満載で、正直どこからどう語っても長文が書けてしまいそうな有様なのです。

最初にこの物語を読んだとき、私の頭にはまだ「猫」や「坊っちゃん」といった、ストーリー性の強い(それですらストーリーはおまけなのですが)作品の余韻が残っていたため、こういった魅力をきちんと理解する事ができませんでした。それどころか、序盤のあの見事な文章をやや煩わしいとさえ思った程です。

しかし、頭を冷やしてもう一度読んでみると、主人公が宿にたどり着くまでのところだけでも、何度でも読めるのですね。この部分は極めて映像的で、表現自体もさることながらカメラワークが実に素晴らしく、この映画的な場面転換をまだ映画など無い時代に造り出した才能には、心底敬服します。

そんなわけで、この「草枕」は様々な意味で読みごたえのある名作だと思うのです。男だの女だの、そんな俗っぽい人情の世界は離れて、是非とも非人情の視点でじっくりと楽しんで頂きたい作品です。

明暗

いやはや、昨晩は参りました。なんだか妙に疲れてしまって、風呂上がりにうつらうつらしてしまいまして。気がついたら一時間もそうしていたようで、すっかり冷えてしまった体を温めるため、暖房を焚いて布団に潜り込むや否や眠りこけ、次に起きたのは今朝五時過ぎのことでした。

たっぷり眠った御陰で今日は元気、といいたいところなのですけれど、どういうわけか今日も眠くて仕方ありません。とはいえ、今日は色々と片付けなければならない用事があるもので、こんな時間まで頑張って起きています。そんな訳で特に日記に書くべき話題もないのですけれど・・・そうですね、忘れないうちに、最近読み終えたこの本のご紹介でもしておきましょうか。

○明暗
著者:夏目漱石
初出:1916年(朝日新聞)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card782.html
※リンクは青空文庫です

中身についてはともかく、題名だけは非常に有名な漱石の最後の作品。その死によって絶筆となってしまったという曰くだけは、よもや知らない人はいないでしょう。何故って、必ず試験に出ますからね。しかし意外と、その中身を知っている人は少ないようです。かく言う私もこの作品は読んだことがありませんでした。

作品の冒頭は、試験問題などで目にしたことのある方も多いでしょう。物語は、主人公の津田が重度の痔のために診察を受けているシーンから始まります。津田は治療のために入院と手術が必要であることを医師から告げられますが、このための日程の確保と資金の確保の段取りを通して、物語の登場人物達がスムーズに紹介されて行きます。

中でも重要なのは、妻のお延、吉川夫人、そして津田の知人の小林という男でしょう。主な登場人物達はそれぞれに問題を抱えており、津田の入院中の出来事の中で、その詳細が明らかにされて行きます。

まずは、過去に自分を捨てた恋人について思い悩みつつ、それを必死に押し隠して見栄を張る津田。彼の見栄は専らお延に向けられており、そのため周囲からは妻を溺愛して我侭法題させているものと誤解されています。一方で妻はその見栄を見破っており、彼の心が自分に向いていないことを確信しつつ、なお、その愛情を独り占めせんとあの手この手で気を引こうとするのですが、その作為性が津田に気味悪がられ・・・という悪循環。

にもかかわらず、彼女は親類皆に対して見栄を張り続け、自分は理想の夫を得たのだという振りをし通しています。なまじ見栄を張ってしまった手前、苦しくてもその胸の内を誰にも打ち明けることができないのですね。そのやや病的な有様は、彼女が必死に自分は幸福であるのだと強弁する様の痛々しさによく現れています。

そこへ、下層社会代表とも言うべき人物、小林がちょっかいをかけてきます。この小林というのが実に下劣で、無能と嫉妬と自己顕示欲が服を着て歩いているかのような男なのですね。彼の境遇は間違いなくその人格と無能さによるもので、彼自身もそれを表向きは認めています。しかし内心は違うのですね。だからこそ、彼は殊更に自己を承認させようと卑しいアピールを繰り返し、周囲に喧嘩を売っては得意がるのです。

彼は日本では職を得られなくなったために朝鮮へと渡る決心をするのですが、その前に津田に物をせびり金をせびり、そればかりかお延を煽ってありもしない不貞疑惑をほのめかし、夫婦仲をよりぎくしゃくさせます。その卑しむべき話し方や行動の嫌らしさは、確かにどこかで見たことがあるような。現在から遡ること97年も前の作品なのですが、こういった人間の嫌らしさは今でも何も変わりないということなのでしょう。

とはいえこの小林、一方で良いことも結構言うのです。彼は嫉妬深い下層階級の卑しさを代表すると同時に、傲慢な上流階級を痛烈に喝破する批判者でもあるのですね。こういう人物をただの悪役で終わらせてしまわないところに漱石の奥深さがあると、私は思います。結局この男は「悪役」ではなく、そういう階層の人間の人格のデフォルメであると解釈する方が正しいのではないでしょうか。

各々の問題が次第に浮き彫りになる中、第三のキーマンである吉川夫人が事態を動かします。彼女は津田の抱える過去の事情について最も責任の重い人物であり、そういった事情から津田に未練を断ち切らせると同時に、自分の気に入らないお延を矯正してやろうと画策するのです。

終盤、退院した津田は吉川夫人の要求通り湯治に出掛け、そこでかつて自分を捨てた女性と再会するのですが・・・残念ながら、物語はここまで。ドラマとしてはまだ何事も始まらないうちに、漱石の他界をもって、この物語は幕引きとなってしまったのでした。

とはいえ、ここに至る道のりは、たいへん長いものです。そのページ数はiBooks版でなんと2900ページ以上。恐らく、漱石の長編の中でも最も長い類いのものではないかと思いますが、どうでしょう。その大半はドラマではなく緻密な感情と思考の描写であり、それでいて決して冗長性を感じさせないのが見事です。

それぞれの状況や駆け引きは実に緊張感溢れる切迫したもので、特に「虞美人草」を彷彿とさせる、女性同士の腹の探り合いは緊張感溢れる部分ですね。その他の作品もその傾向にありますが、この「言葉での駆け引き」は、この作品の大きな要素のひとつと言って良いでしょう。また同時に、この作品は様々な場面で「対比」という形で人物を提示しています。中でも最も大きな対比は、恐らく津田と小林でしょう。

漱石の作品はどちらかというと上流階級の生活を舞台にしたものが多く、小林のような人物が物語の表舞台で活躍することは稀だと思います。それだけでなく、こういった人物と津田のような人物が交流をもち、津田は津田なりに小林の世界を見ることを余儀なくされ、それを認識することで多少なり影響を受けて行く、というところも珍しい気がします。

描かれる人格の生々しさという点では、この作品はさらに一歩前へ進んでいるようです。しかも登場する人物はそれぞれに異なる確固とした人格をもっており、決して物語のご都合で七変化するような人物は居ません。その中でも最も際立っているのが、やはり小林なのですよね。

読んでいてこれほど不快な人間は居ないのですが、それでいて、彼の有様は現代社会の至る所で見られるものであることに気付かされます。特にこのインターネット上は、小林の醜さを余すところ無く再現しているような人間で溢れ返っているではありませんか。

恐らく人間は誰しも、多かれ少なかれ小林成分を含有しているのです。とはいえ、結果小林になるかどうかを決めるのは、断じて境遇だけではありません。それを自分のせいと口ではいいつつ、なおそれを境遇に責任転嫁し、上流階級に嫉妬と悪意を向けざるを得ない小林の心理は、恐らく人間が誰しも蓋をして目を背けたいと思っているものに違いないでしょう。

とはいえ、これほどまでに人の虚栄心、利己心、嫉妬や責任転嫁といった暗面を生々しく描きつつ、それでいてなぜか下品にならないのは、やはり漱石ならではですね。安易な惨劇やスペクタクルに頼らない、あくまで尋常な出来事の推移の中で、これほどの物事を描くことが出来る作家はなかなか居ないでしょう。

かつての漱石の作品との共通点を多くもちながら、同時に新しい要素も多く見られるこの作品。もしも漱石が書き上げていたなら、いったいどんな大作になっていたのでしょうね。しかし未完とはいえ、この作品は今ある部分だけでも充分に読む価値のある名作だと思います。


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