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日々の便り

 

聖なる怠け者の冒険

おはようございます、また土曜日がやってきましたね。ただ起きて働いて寝てを繰り返していると、ただでさえ早い一週間がより飛ぶように過ぎて行くような気がします。まぁ、楽しみも何もない苦痛だけの時間なんて、飛ぶように過ぎてくれればその方が有難いのですが。

そんな一週間を過ごして週末を迎え、それを四回繰り返せば一ヶ月が過ぎ、一ヶ月を十二回繰り返せばもう一年が過ぎている。そんな当たり前の事実に焦燥感や無力感を味わっている方は少なくないのではないでしょうか。恐らくそれは、まっとうに働いているほとんどの人に共通の感覚なのではないかと思います。こと日本人には「休日」はあっても「休暇」はないのが常ですからね。

そんな日本人にとって、唯一自分の時間を生きられるのが休日。では、その時間をどう使うべきなのか。これはなかなか奥の深い問題です。しかし、大別するならこの二通りしかないと言えるでしょう。即ち、怠けるか、動き回るか。ではどちらを選ぶべきなのか・・・これまた奥の深い問題です。というわけで、今朝はこの本をご紹介しましょう。

聖なる怠け者の冒険
タイトル:聖なる怠け者の冒険
著者  :森見登美彦

とある筋金入りの怠け者と、とある筋金入りの働き者の休日が交錯する、不思議な物語。森見登美彦さんの作品ですから、とりあえず滑稽味豊かな物語である事は間違いありません。そして、舞台はお約束の京都。森見さんが初めて手掛けられた新聞連載小説の単行本ということです。

とは言っても、新聞連載の原稿をまとめたもの、というわけではないのだそうです。なんでも、それでは単行本にまとめる作品としてはあまりにアレだったのだそうで、単行本化に当り全部書き直したのだとか。つまりこの作品は新聞連載と同じ舞台設定および登場人物を使用した、全く別物の書き下ろしという事になります。

例によって登場人物は変人ばかりですが、例によってその誰しもがどこか憎めない魅力的な人ばかり。主役級の人物をざっと紹介すると、まず主人公の小和田君、そして浦本探偵。この二人は作中では少数派の、できるかぎり怠ける派です。

そして対立軸・・・というほどだいそれたものではありませんが、対照的なのがまず後藤所長、恩田さんと桃木さん。この御三方は小和田君の仕事の関係者で、休日を充実させる事、そして冒険をする事にひとかたならぬこだわりを見せます。また、浦本探偵の助手の玉川さんもその同類と言えるでしょう。

そして後半まで正体が明かされない・・・といっても、始まった途端にバレバレなのですが、そこは突っ込まないでおいてあげるのが思いやりという事で・・・「怪人」の「ぽんぽこ仮面」が登場します。少々多いですが、物語は彼等それぞれの視点を切り替えながら進んで行きます。

長編小説なのですが、扱われているのはたった一日の出来事。後日談で翌日の話も入りますが、本編はある土曜日の、朝から晩までの出来事と言ってよいでしょう。

事件の顛末を小和田君視点で簡単に追うと、後藤所長の送別会後に前後不覚に陥り、目を覚ますと小学校の校庭で縛られていて、なぜかぽんぽこ仮面に「跡継ぎになれ」と迫られているところで玉川さんと知り合い、途中のドタバタの最中はひたすら眠りこけ、ぽんぽこ仮面の身代わりで捕まって、なんとなく事態を丸く収めてしまった、という感じ。

これでは何の事やら分かりませんので、玉川さん視点で追ってみましょうか。要約すると、ぽんぽこ仮面を捕まえ損なって、跡継ぎとして目を付けれた小和田君をつけ回し、蕎麦屋でぽんぽこ仮面捕獲作戦に巻き込まれ、道に迷い、道に迷い、また道に迷い、偶然小和田君をある場所で見付け、帰り道の案内をしました、という。

これでも意味不明すぎますね。では今度は、浦本探偵視点で行きましょう。要約すると、ぽんぽこ仮面の身元調査の依頼を受け、張り込みしている振りして怠け、玉川さんに張り込みを引き継いで怠け、ビルの屋上で怠けていたところで小和田君と会い、酔った玉川さんのせいで依頼人に土下座する羽目になり、小和田君の御陰で依頼料をせしめ、そして傍観者として怠け、以下略。

ついでにぽんぽこ仮面視点で追うなら、小和田君に跡継ぎを迫ってふられ、蕎麦屋で襲われ、学生寮で黒幕を退治したと思ったら、さらにその黒幕に襲われ、それも倒したと思ったらまた新手に襲われ、恩田さんと桃木さんに助けられ、街中で追い回され、へとへとになって休んでいたら事態は急転直下、いつのまにか周り中がぽんぽこ仮面になっていた・・・と。

そう、単一視点でこの物語を語ろうとすると、謎は深まるばかりなのです。しかし、ひとつの視点からみると意味不明でしかないこの事件を順序よく組み合わせ、視点を切り替えて行く事で、滑稽味溢れたひとつの物語として構成しているのですね。

そして同時に、このひとつの物語の中には、幾つもの小さな物語の起承転結が含まれているのです。それらは物語の本筋とは全く関係が無いようで、しかし、それぞれに物語の「本質」とは深く関わっているというこの奥の深さ。ドタバタや滑稽な台詞のやり取りの中に、じんわりと沁みる一言が隠されています。

要するにこれは生き方の問題、時間の過ごし方の問題を扱った作品なのでしょう。後藤所長や恩田さんにしても小和田君にしても、「今の時間を短く感じる」ことや、人生があっという間に消費されて行く事に疑問や不満を感じていると言う意味では同じです。だから、彼等はその時間を充実させようとするのです。但し、それぞれにその手法が異なっている訳ですが。

そんな幾つもの「休日の充実法」が交錯し、そして人外まで加わって織りなされるドタバタ劇。その締めくくりに一番多くのものを得たのは、恐らく後藤所長だったのではないかと思うのです。彼は多くを失いもしましたが、それはいずれにせよ手放すしかないものでした。ある意味このお話の本当の主人公は、彼であると言っても良いでしょう。

というわけで、私は彼が一番のお気に入り。キャラが立っているのも良いですね、「偽アゼルバイジャン人」なんて、そうそうお目にかかれるキャラではないでしょう。一番人間離れしているのに、一番人間臭くて、哀れで滑稽でみっともなくて、でも最高に格好良い。人間の魅力を凝縮したような人物でした。

そうそう、この作品は森見登美彦ファンへのサービスも忘れていません。例によって友情出演があるのです。森見さんファンなら恐らく序盤で気付くでしょうけれど、浦本探偵はその筆頭ですね。直接姿は現しませんが、ダルマとしてその弟も登場していたようです。さらに、「宵山万華鏡」に登場した人ならざる物達も再登場していますので、既読の方は是非探してみて下さい。

ところで、この作品には幾つもの印象的な台詞が登場するのですが、中でも一番記憶に残った言葉があるのです。それは後藤所長の朝のプロトコル。「充実した土曜日の朝は、熱い珈琲とタマゴサンドウィッチから始まる。」なんだかちょっと真似したくなるのですよね、別に卵サンドなんて好きではないのですけれど。

まぁそれだけ、所長が好きになったという事なのかも知れません。ちなみに私も、休日は充実させる派です。というわけで、本日もこれから外出の予定。折角早く起きたのですから、午前中から走り回って来ようと思います。でもその前に、熱い珈琲をもう一杯。タマゴサンドはなしで。

宵山万華鏡

さすがに予報通りの暑さにはなりませんでしたが、今日は暖かい一日だったようですね。明日もさらに気温が上がるとか、上がらないとか。幾ら季節の変わり目とはいえ、こう気温が不安定だとさすがに調子が狂います。職場でも、体調を崩したという話をしばしば耳にしました。

ところで、季節の変わり目と言えば番組の変わり目でもあります。お気に入りの番組が終わってしまうのは、少々寂しいものがありますね。ましてや、次に楽しみなものがないともあれば尚更です。

なにぶん普段は忙しいもので、録画するだけしておいて結局見ないというパターンがほとんどなのですが、昨季は毎週かかさずに見ていた番組がありました。それは「有頂天家族」です。森見登美彦さん原作の小説をアニメ化したもので、始まる前の心配などどこへやら、原作ファンも納得の素晴らしい出来にすっかりやられてしまいました。

まぁ森見さんの作品はちゃんと絵になるように描かれているので、映像化し易そうなものが多いのですけどね。表現が映像的であるというところが、どことなく漱石と似ています。
それに内容の半分はファンタジーなので、映画よりはアニメに向いていると言えるでしょう。アニメの表現力を要求される作品、とでもいいましょうか。

とはいえ、いつもいつも軽い内容ばかりという訳ではありません。作品の半分はむしろ不気味で恐ろしいお話。本日ご紹介するこの一冊もまた、そうした作品のひとつです。

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表題:宵山万華鏡
著者:森見登美彦

祇園祭の中でも有名なイベント、「宵山」。そんな宵山の晩に起こる、幾つかの不思議な事件の顛末を描いた中編作品集です。不思議な出来事と言ってもそれは決してファンタジー的なそれではなく、むしろどちらかといえば怪談のそれでしょう。神隠し、どこか不気味な絵、謎めいた死、繰り返される情景、そして祭り囃子。

ひとつの物語が終わると、その物語に登場した別の人物の視点で、全く別の物語が語られます。それは確かに別の物語ではあるのですが、それでいて互いに繋がっており・・・。やがて、互いに独立した幾つかの物語が、幾つかのキーワードを通してひとつの象を結びます。

最初の「宵山姉妹」は、仲の良い小学生の姉妹のお話。それは、バレー教室の帰り道のこと。まっすぐ帰るようにといいつけられたにも関わらず、姉は宵山見たさに寄り道をしてしまいます。しぶしぶ付いていく妹ですが、途中でとうとうはぐれてしまい、迷っている最中に不思議な女の子達と出会うのですが・・・。

このお話はお題の提出も兼ねているため、後の物語に繋がるキーワードが満載です。というより、ほぼ全てキーワードと言っても良いでしょう。最初のこの物語を覚えておくと、後のお話を読みながら思い返して「ゾクッ」とさせられることは請け合いです。

二話目と三話目の「宵山金魚」と「宵山劇場」は、ちょっとコミカルで良い話。ある人物を手の込んだお芝居ではめるお話と、その壮大な舞台裏を描きます。

これはあくまで人間の世界の出来事であり、この世ならざる者は関係しません。それでいて、同時進行の闇の側と表裏一体を成しており、このお話の登場人物や小道具の数々が、同時に闇の側で世界を形作っていくのです。言うなれば、「きつねのはなし」の「果実の中の籠」と同じ役割を果たす章と言っても良いでしょう。

四話目の「宵山回廊」は、一話目に登場した絵と路地にまつわるお話。あの絵から不安を感じるのはどうしてなのか、あの路地は一体何なのか。キーワードが提示した謎の答が少しずつ明らかになってきます。
同時に、主人公の千鶴と従姉妹の迎えた結末が、最初の姉妹が辿ったかもしれない末路を暗示し、ゾクリとさせられるのもこの話の妙味ですね。

五話目の「宵山迷宮」は、終わらない宵山の話。繰り返される宵山の一日に、少しずつ追いつめられていく主人公。かつて父が遂げた死の謎と、四話目に登場した絵描きの謎、そして、四話目の最後で柳さんが千鶴を力づくで止めた理由が明らかになります。
物語の不気味さは、ここで頂点に達する感じ。神隠しと、謎の死。近からず遠からずの二つの喪失が、物語を静かに、そして不気味に彩ります。

最終話の「宵山万華鏡」は、再び冒頭の姉妹のお話。今度は、姉の冒険を。冒険自体は極めて華やかなのもですが、そこに登場する全ての説明を見てきた後ですから、当然、絵面を額面通りには受け取れません。
とても華やかで楽しげなのに、鮮やかな色彩の背後にある闇の濃さについぞ意識が行ってしまう、そんなお話。せめてもの救いは、二人が宵山の闇から無事に生還出来た事でしょう。

構成は「きつねのはなし」とどこか似ているのですが、闇一辺倒だったあの作品と比べると、むしろ華やかな成分の方が多いこの作品。それでいて、「きつねのはなし」よりもさらにぞっとするから不思議なものです。

この作品のテーマのひとつは、もしかすると、「いなくなる」ことの恐ろしさなのではないでしょうか。姉とはぐれる事然り、妹とはぐれる事然り、従姉妹の神隠しも父の死の謎も然り。理由の如何にせよ、結果的にはただ「いなくなる」ということ。それはある意味、私達にとっても無縁ではない恐怖です。だからこそ、この作品に言いようのない不気味さを感じるのかもしれません。

きつねのはなし

今晩はなんだか蒸しますね。気温もここ一週間の中では割と高い方でしょうし、湿度も明らかに高めです。時間が遅くなるに連れてだんだん高くなってきたようで、先程70%を突破しました。さすがにこれはベタベタして嫌ですね。
じめじめした夏の夜と言えば、やっぱり怪談。というわけで、本日はこんな本をご紹介しようと思います。

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表題:きつねのはなし
著者:森見登美彦

森見さんの作品と言えばポップで軽いものというイメージがありますが、そのつもりで読むと衝撃的な内容かも知れません。一般的なホラーのような血腥い話ではありませんが、その代わり酷く不気味で、暗闇で何かが這い寄ってくる音を聞いているかのような、少しずつ迫ってくる恐怖感を味わえます。

形式としては短編集で良いのでしょうか。独立した4本の物語が納められており、いずれも京都を舞台にした怪奇もの。「きつね」というキーワードから連想されるとおり、実に不吉なお話ばかりです。

まずは表題作、「きつねのはなし」。古物店でアルバイトをしていた主人公は、なにやら曰くのありそうな一人の客と知り合います。店主からは、何かを要求されても決して応えてはならない、何も与えてはならないと釘を刺された上で送り出されるのですが・・・。
いわゆる言いつけを破って、一番大事なものを危機に陥れるというパターンのお話です。

次の「果実の中の籠」は二話目なのですが、ある意味答え合わせのような作品。ある妄想癖のある先輩の物語です。彼の語る京都の闇は、果たして夢か現か。あるいは、京都の闇が彼に物語を紡がせたのでは。

舞台は他の三編より現実的であり、それでいて他の三編と密接に関わっています。解釈次第ではただの切ない話ですし、解釈次第では不気味な話。
とはいっても、そう感じるのは最後まで読んだ後で、物語中は、次第に狂気にとらわれていく先輩の様子がひたすらに不気味です。

しかも、前の話があるものだから、それが演技から出た狂気なのか、あるいは本当におかしなものが見えたのか、全く判然としないのです。終始どちらともとれる叙述トリックの上手さとでもいいましょうか。実に引き込まれる作品であり、もうひとつの本編と呼んでも良いもののように思えました。

三話目の「魔」は、一話目では籠に捕われており、二話目では先輩を追いつめた、あの奇妙な獣の話。一話目、二話目の予備知識があることで、のっけから主人公に不吉な影が差している事を意識させられます。
物語は半ば二話目に登場したもののようであり、しかし微妙に異なります。三人の高校生、雨の夜、そして木刀。

果たしてその後主人公がどうなったのか、高校生達がどうなったのか、結論は示されていません。いわゆるリドルストーリーという奴でしょうか。概ね結果は推測出来ますが、非常にもやっとしたわだかまりを残す物語です。

最後は、「水神」。四つの物語の中では、これが一番のスペクタクルでしょう。一話目の古物店と二話目の先輩の語ったお話が絡んで来るのですが、内容がやはり微妙にずれています。物語は過去の回想と現在の出来事の二つの時間軸で進んでいきますが、どちらかというと過去のお話が不気味ですね。
簡単に要約するならば、闇と接点を持ってしまった人間の末路と、その清算といった具合の話でしょうか。

いずれにしても共通しているのは、危機は少しずつ忍び寄り、そして一気に襲いかかるというところ。そのため、忍び寄ってくる段階の緊張感と不気味さが非常に印象に残ります。なにしろそれらはスペクタクルの中ではなく、一見して普通の日常風景の中で展開するのですから。

そのため、普通に読めば何という事も無い筈の会話に妙な深い意味を感じたり、形に現れないところに確かにある緊張感、張りつめた空気をじわじわと感じさせられるのですね。それがなんとも不気味なので、むしろ危機が具体化してからの方が安心出来るくらいです。いえ、決して生易しい状況ではないのですけど、ほら、幽霊はむしろ姿を見せるまでが恐いというあれですね。

ちなみに森見さんの作品はこのような暗闇系とお気楽系の二系統に分かれますが、実は結構エピソードや人物が再登場したり関わっていたりするのが面白いところです。
恐らく同時間軸の話ではないとは思いますが、例えばこの作品と「宵山万華鏡」は少し関わりがありますし、宵山の登場人物は「夜は短し歩けよ乙女」とも関わり、同時に「恋文の技術」にも登場しています。

作品の枠を超えたエピソードや人物の繋がりもまた、森見さんの作品群の面白いところ。読み込むほど気付かされるところが増えていく情報量の多い作品なので、長く楽しめるのではないでしょうか。


ペンギン・ハイウェイ

有頂天家族のアニメ化がどうなるか心配、という話を以前書きましたが、どうやら心配は杞憂で済んだようです。まぁ私としては好きなシーンを片端からカットされてしまって残念という気持ちもあるのですが、それでも映像作品として考えた場合、あの編集は素晴らしいと賞賛せざるを得ません。

よくまぁあの原作の筋を曲げずに要約し、余計な事はせずにきっちりと映像化してくれたものです。実にテンポよく進むところは原作譲りで大いに結構。キャラクターデザインも、動かしてみると悪くありませんね。毎週日曜の晩が楽しみです。

ところで、普段はあの通り京都の話ばかり書いておられる森見さんですが、そんな森見さんが京都以外の場所を描いた作品があるのです。今晩はそれをご紹介しましょう。

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表題:ペンギン・ハイウェイ
著者:森見登見彦

いうなればそれはSFのようで、ファンタジーのようで、児童書のようで、それでいて子供では分かりっこない、正真正銘の小説。多分雰囲気だけなら、NHKの子供向け番組で映像化しても差し支えないくらいだろうと思います。「おっぱい」を連呼するのはともかくとして。

そういえば、森見さんの作品ってそこを連呼することが多いですよねぇ。まぁ、どうでも良い事なのですけど。

この作品の主人公は子供、小学生の男の子です。彼はとても博識で、頭脳明晰。それでいて年齢以上に子供っぽい思考をしていて。どうやらその頭の回転の速さの割に、一般的な子供の持つ情緒面への理解がないようなのですね。そんな彼の街に、ある日突然ペンギンが現れることで、物語が動き出します。

お話には、二つの軸があると言っても良いでしょう。一つは、謎めいたあこがれの「お姉さん」と主人公の物語。そしてもう一つは、クラスメイト達と主人公の物語。

お姉さんとの関係は、別に何かが変わる訳ではありません。最初から最後までお姉さんは保護者として振る舞いますし、主人公は最後まで真っ直ぐに彼女に好意を向けています。
一方で、クラスメイトとの関係は大きく動きます。ウチダ君との友情、次第にハッキリしてくるもうひとりのヒロイン、ハマモトさんの好意。そして、主人公への嫉妬を隠せないスズキ君、などなど。

ところが、小さな頃から「知る事」と「考える事」を叩き込まれた影響でしょうか。なにしろ彼は何でもまず確認し、その上で論理的に考えようとします。つまり、照れたり嫉妬したりというような周囲の子供の非論理的な感情を、彼は全く理解出来ないのですね。

そのため、彼はしばしば周囲に対する理解という面では空回りをし、自分が空回りしていて、周囲を理解していないという事実のみを謙虚に捉えます。
自分はまだまだ知らない事が多い。だから、もっと多くの事を知らなくては。そんな無邪気な謙虚さを持つ彼は、何より自身の一番大切な気持ちにも、なお理解がありません。

その無邪気さが実にもどかしく、実に切なく。しかし、主人公の心は特に変わる事なく、一方で事態はどんどん進行して行きます。それと同時に、お話は次第に不穏で不気味な雰囲気に。なにしろ主人公は、本当に何の力も無い、ただの小学生。なのに無邪気に事件に干渉する彼等のあぶなっかしさには、ハラハラさせられずには居られません。

そして数々の謎は、とうとう具体的な危機という形に収束し・・・そこから先は、まぁ読んでのお楽しみということで。

ただひとつ言えるのは、これは主人公、アオヤマ君の心の成長物語だということでしょう。それはとても切なくて、ある意味残酷で。最後の最後、全てが解決した後で、彼はようやく自身の大切な気持ちを理解するのですが、それでもなお無邪気で、真っ直ぐで。

胸を締め付けられるようで、それでいて暖かくて、清々しくて。なんとも不思議な気持ちにさせられる、とても印象深い作品でした。主人公は子供、雰囲気は児童書。でもこの美しさや切なさを理解出来るのは、大人だけでしょう。
簡単そうに見せかけてその実深い、骨太な物語だと思います。



恋文の技術

本というのは不思議なもので、読めば読むほどに読みたくなる。良い小説を読んだ後は、もっと良い小説を読みたくなるからきりがありません。
こうなってくると、もう漫画やラノベは手につきませんね。面白くない訳ではないのですけど、小説のあの圧倒的な密度を味わってしまうと、いかんせんそれらは密度が低くてものたりないのです。

というわけで、買ってしまいました、そして読んでしまいました、たった二日で。

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その読書速度が物語る通り、面白い作品でした。形式としては書簡体小説という奴で、全編手紙形式。それも相手からの返信は一切書かず、主人公が書いた手紙のみを並べることで、小説としての物語を浮き上がらせるという手法です。

一見してあまり面白くなさそうな形式ですよね。なにしろ視点は固定、それ以外の事は全て伝聞で、書簡なのであまり微に入り細を穿った表現もありません。これは書簡体である以上避けられない性質で、故に私はこの形式が大の苦手なのです。
例えば「足長おじさん」は名作とされていますが、1/4も読めずに放り出したほど。好きな方には申し訳ないのですが、何が面白いのかさっぱり分かりません。

しかし、この作品は楽しく読めました。まず第一に、複数人への手紙という形式をとることで、ひとつの出来事を多角的に表現することを可能にしています。これはなかなか良いアイデアですね、書簡体形式の一辺倒な退屈さを回避する事が出来ます。
文通相手は次第に増えて行き、文通相手同士の文通や個人的繋がりが、さらに主人公の手紙にも影響を及ぼして行きます。

最初は友人の恋の相談相手をしており、故に「恋文の技術」なのかなと思わせるのも上手いところ。ほどなくそのタイトルの意味するところが明らかになり始め、そして結論には大いに頷かされるのです。

そしてもうひとつ、さすがは森見さんとばかり思わず膝を打ったのは、ラストに仕掛けられた遊びです。これはネタバレしないほうが良いかも知れませんね。是非、一度ご自身で読んでみて下さい。ただの書簡体小説であり、あくまで主人公の書簡集という形式をとっているこの作品において、この最後の数通の手紙は何を意味するのか。

鋭い人はすぐに言い回しで気付くでしょうし、そうでなくとも内容で気付かされるでしょう。そして、それでも気付けなかった人のために、お遊びの最後の一通で種明かしもあります。とはいえ、これは森見さんならではの遊び心であり、作品の結論ではありません。

作品を締めくくるのは、主人公が冒頭から書く事を目指しており、最後の最後でようやくしたためた一通の手紙。それは見たところ恋文ではなく、むしろ尊敬する人への手紙という感じでしょうか。しかしそれでいて、これまでの経緯を知っていれば、間違いなく恋文と分かる内容です。

作中、その人物についての詳述はありません。主人公の断片的な思い出に名前が登場する以外に台詞さえもないその人物は、果たしてその手紙の意図に気付くでしょうか。恐らく気付くであろう事も、彼女がそれを待ち望んでいたであろうことも、作中に暗示されていると思うのは、私だけではないと思います。

そして、その手紙の素晴らしい事と言ったら。滑稽で愉快な手紙と見せかけて、胸のすくような言葉で、上手い手紙とは何かという全編通しての問いに答えを出すのです。
あまりに素晴らしい言葉なものですから、引用させて頂こうかとも思ったのですけれど。でも、少なくともこの手紙を通して読んで頂かない事には、その清々しさは伝わらないであろうと思い至り、やめておくことにしました。

読後感は、爽やかの一言。なんとも心地良く、温かい気持ちにさせられます。どうか彼のささやかな悪戯が、最高のひとときを作ってくれますように。

それにしても不思議なのは、いったい何をどうすると、こんな気持ちにさせられるのだろうか、ということです。別に感動的な話でもなければ素晴らしい教訓を語っている訳でもなく、むしろどうしようもなく阿呆な話であるというのに。
相変わらず、森見先生の語り方の上手さには脱帽させられますね。愛すべき阿呆を描かせて彼の右に出るものは、恐らくありますまい。


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