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日々の便り

 

青藍病治療マニュアル

私は毎日大抵何かしら本を読んでいます。とはいっても、さすがに毎日本を買っていたら破産してしまいますので、買うのは月に数冊程度なのですけど。しかし先月は羽目を外し過ぎまして、後でクレジットカードの使用履歴を見てちょっぴり反省しました。お金持ちになりたいとは思いませんが、せめて気兼ねなく好きなだけ本を買えるくらいの余裕は欲しいですねぇ。欲を言えば月に15冊くらい。

電子書籍化の御陰で置き場という物理的な枷は外されたものの、懐事情という経済的な枷はきっと一生無くならないのでしょう。時間という枷は読書速度である程度外せることを考えると、どうやら読書の最大の敵は懐事情という事になりそうです。こればっかりは、努力ではどうにもなりませんからね。なると思っている幸せな人もいるようですが、まぁ幸せ者ほど幸せだという自覚がないのは世の常です。

苦しい懐事情から捻出したお小遣いで買う本ですから、あまり冒険はできません。可能なら少し内容を読んでみて、最低限文体が自分に合うかどうかくらいは確認しないと。御陰で酷い外れを引く事はあまりないのですが、それでも時折、買った事を後悔するような作品もあるものです。ある作品で大感激して別のシリーズを買ってみたら、かなり読むのが苦痛だったという事例も。本選びはなかなか奥の深い冒険なのです。

そんな冒険を助けてくれるのが巷の書評と言いたいところなのですけれど、これがまたさっぱりあてにならないから困るのです。しばしば、この人は脳内作品を読んでいるんだろうと言いたくなるような書評を見掛けるのですよね。しかもよりによって、出版社の出している紹介文が一番あてにならなかったりするのだから、始末に負えません。昨日買ったこの本も、そんな事例の一つだったと言えるでしょう。

○青藍病治療マニュアル
青藍病治療マニュアル
著者:似鳥鶏

青藍病という架空の病気にかかった人々の物語。青藍病は別名異能症とも呼ばれる極めて珍しい病気で、症状は人によりけり。共通しているのは何等かの異能が発動する事と、異能が発動している時は、自身の体と異能の対象とが青藍色に光る事。ただし、その光は同じ青藍病患者にしか見えないというものです。そして発病のきっかけは多くの場合、過度の心的負荷、不安症などの心疾患であるという設定。

まぁ簡単に言ってしまえば異能ものなのですが、よくある異能ものと決定的に違うのは、その異能が本人にとってプラスになるケースは少ないという事でしょうか。特に未治療のままの異能は制御不能である事が多く、患者は専らその症状に悩まされる事になります。主人公が都合よく異能を使ってヒーローになるような展開は、期待するだけ無駄なので悪しからず。かといって、ひたすらネチネチと鬱自慢をするわけでもありません。

最初のお話に登場する異能は、「半径10m以内の動物に殺意全開で襲われる事ができる異能」。これっぽっちも有難くない、まさに「病」と呼ぶべき異能ですが、しかもこれが制御不能という最悪の状況。主人公は鳩の群れに襲われてヒッチコックを再現してしまったり、犬に襲われたり、牛に殺されそうになったりします。

主人公はそのトリガーが自身の恐怖心である事を既に理解しているのですが、悪い事に克服方法を理解していません。そして、それがきっかけで意中の女子の飼い犬を暴走させ、雷雨の中で行方不明にしてしまいます。責任を感じた彼はその犬を探しまわる過程で、事件に巻き込まれるのですが・・・。

殺伐とした異能の割に、話そのものは思春期的なこそばゆさに溢れる恋のお話。後半は怒濤の展開で手に汗握りますが、最後はハッピーエンドなので御心配なく。ただ、恐怖に蝕まれ竦み上がる主人公の描写が実に生々しく、展開される状況が割と洒落になっていないこともあって、どちらかというと「恐い話」という印象でした。しかし、これで怖がっているようでは続きは読めません。実はこの話、挨拶代わりの軽いジャブなのです。

二話目の主人公の異能は、「望むだけで動物を殺せる能力」。かなり洒落になっていませんね。最初のうち主人公は虫を殺せる能力だと勘違いしており、お気楽に思いつきで虫を殺して効果を試しています。そのうち勢いで猫に能力を試し、危うく殺しそうになったところで我に返って戦慄するのでした。

自分がしていた事の意味、そして自分がそれを躊躇わなかった事の意味。それに打ちのめされているところに、さらなる衝撃がやってきます。あろうことか、彼は物のはずみで弟相手に能力を発動してしまったのでした。慌てて能力を解除した御陰で弟は死なずに済みましたが、主人公は自分の能力の恐ろしさに震え上がってしまいます。逃げるように街を歩く主人公。ところが、そんな彼をさらに恐怖させる出来事が起こります。

三話目はちょっとブレイクタイム。このお話の異能は実に安全なものですが、話自体は結構スリリングですね。主人公はOLで、大人ならではの社会的なお話。このケースのみ、異能がノーリスクで全面的に主人公のプラスに働いているのもちょっと特殊です。大人らしい落ち着きや打算が随所に見られるのも、青臭い他のお話とは異なる部分といえるでしょう。

結びの第四話は、再びかなり重い主題です。主人公は最初、それを「蛍のような光が見える」だけの異能だと思っていました。ところがやがて、その光が人の死を告げるものであることに気付いてしまいます。最初のうち主人公はそれを前向きに捉え、光が見えた人を助けようと必死になるのですが、やがて自分の行動の帳尻合わせのように起きた悲劇を知り、罪悪感と恐怖に打ちのめされてしまいます。

物語の鍵となるのは、異能の本質への誤解。最初は「蛍火」、そして「死の予告」、しかしてその実体は。主人公は最終的に、一番失いたくないもののために必死に行動する過程で、自分の能力の本質を知ることになるのでした。終始不穏な空気が漂うのは二話目と一緒ですが、主人公の危うさや異能の受動的な性質もあいまって、漂う絶望感は二話目の比ではありません。でも、恐くても最後まで読む事をお勧めします、良い話なので。

似鳥さんの素晴らしいところは、登場人物の年齢や性別に合わせて、思考パターンを変えられる事だと思います。登場する主人公は高校生、中学生、OLの三種類ですが、ちゃんとそれぞれ視野も知識も思考形態も違うのですね。娯楽小説家で、これができる作家さんはなかなか居ません。どうしても登場人物はテンプレートか、さもなくば作者のコピーになりがちなのです。しかし、この作品は違います。

またこの方は、ある意味冷徹な論理思考家としての一面を持っています。作中そこかしこにそれが現れているのですが、最も分かり易いのは、二話目の終盤でしょう。「人は何故人を殺してはいけないのか」というシンプルな問いに対して、自称善人の皆さんが真っ赤になって怒り出しそうな、しかし正確な答えを出しています。こういう身も蓋もないところも、この方の魅力なのですよね。

それでいて、物語はロジックより情緒の方が豊かな造りです。推理小説家であるだけの事はあり、サスペンス的な展開の恐さと、心理的な圧迫感の演出は見事の一言。そして散々緊張させておいて、意外と良い話に無理なく纏める筋立ても、読んでいて実に快いものでした。それにしても、この作品を「泣ける青春小説」などと宣った本屋さんは、一体何を読んでいたのでしょうね。まったく、他人の言う事はあてにはなりません。


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