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日々の便り

 

夏の小半日

暑いですね。気温26度、湿度60%というのはそれほど不快である筈もない条件なのですけれど、寒かったり暑かったりで気温が安定しないのと無風であるのとで、実際の気温以上に不快感を感じます。というか、熱が体の中に籠ってしまっているようでして。そろそろ扇風機を出した方が良いのかも知れません。

試しにサーキュレータを動かしてみたところ、それまでの暑さが嘘のように快適で。近距離で直接風を浴びなくとも、空気が動いているというだけでこんなにも感覚が違うものなのですね。まぁこれもまた、物理学的には殊更言うまでもない当然の事なのでしょうけれど。

やれ科学だ物理学だと言うと、なんだか堅苦しい縁遠いものに感じてしまうものですが、実はこういった身近なところにも、それの実例を体験出来る事柄は数多く転がっているものです。そういえば寺田寅彦は、しばしばその随筆の中で、こういった話題を取り上げていました。例えば今日ご紹介するこの作品も、そういった作品のなかの一つでしょう。

○夏の小半日
著者:寺田寅彦
初出:1918年(ローマ字少年)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card43034.html
※リンクは青空文庫です

海辺で観察出来る物理現象について解説した、子供向けの作品。掲載誌が「ローマ字少年」であることや、寅彦にしては珍しく語調がですます調であることから、それなりに年齢の低い子供のために書かれた作品であろうことが伺えます。とはいってもそこは寅彦の作品ですから、決して幼稚な内容にはなりません。むしろ導入の議論などは、子供よりもその教育者である立場の人々に読ませるべきなのではないかと思える内容です。

冒頭で寅彦は、物事の上っ面を「ただ見る」だけで何も得ない人と、観察力のある人を対比して、次のように述べました。

“それで観察力の弱い人は、言わば一生を退屈して暮らすようなものかもしれません”

いい歳をして思春期を卒業出来ず、現実世界が退屈だの下らないのと厨二病的な発言をして自分に酔っている恥ずかしい人間が多い昨今、こういう手厳しい意見がメディアに載る事は極稀になりましたね。しかし、実際くだらない退屈な存在であるのはそういう人間の方であって、この世界ではないのです。寅彦はこのように鋭い指摘を放った上で、少年達が夏休みに訪れるであろう海辺で何を観察したら良いか、そのヒントを与えて行きます。

寅彦がまず注目したのは、波でした。波の「仕事」を有効活用する試みは当時からあったそうですが、当時はまだ芳しい成果は得られていなかったのこと。昨今は波力発電の試験なども行われていますが、相変わらず困難は多いようで、未だ「活用されている」というレベルではありませんね。なかなか難しいテーマのようです。

次いで寅彦は、波の運動について少し解説します。波というのは伝播するものであって、水そのものが移動していくわけではないのですが、ここを勘違いしている人は現代でも多いようですね。これは漫画などの創作物に見られる誤解が、そのまま人々に信じられてしまっているせいもあるのでしょう。恐らく、大波を鉄砲水と同じものと考えている人の方が多いのではないでしょうか。根本的に違うのですけれど。

波繋がりで次に登場するのは、引き潮の際に砂上に出来る波模様。これは盥と水と砂で、簡単に再現実験が出来るそうで、寅彦もその方法を記しています。子供の夏休みの自由研究には丁度良いテーマかも知れません。

さらに寅彦は、波打ち際の湿った砂を踏んだとき、一瞬だけ足跡の周囲がすうっと乾いて、また湿った状態に戻る現象についても解説します。恐らくこれは、理由を知らないどころか、気付いてもない人の方が多い現象でしょう。ちなみにこれは、湿った砂を握りしめると一瞬だけ硬くなり、すぐにダラダラと崩れてしまうあの現象と同じものなのだそうです。これも、自由研究のテーマには良さそうですね。

最後に寅彦は、海辺の風の働きについて少し触れ、まだまだ海辺には面白い物理現象が存在する事を指摘しつつ、話を結びます。作品はたった十数ページの短いものですが、その内容は実に盛りだくさん。中には私達大人でも知らない事柄が幾つも書かれており、目から鱗が落ちるようです。成る程、寅彦のように身の回りの全てを観察し続けたなら、確かに退屈する閑などないでしょう。

日頃私達がいかに何も見ていないか。そして、私達が見ていない世界が、どれほど面白いかという事を、ほんの少し教えてくれる、子供向けとは思えない意義深い作品でした。



伊香保

あれよあれよという間に一週間以上が過ぎ、気がつけば本日は水曜日。月曜は夏至だったとかで、いつのまにやら暦の上では夏本番のようです。とはいっても、日中こそ暑くなるものの、夕方以降はまだまだ涼しい日が続いており、その心地良い気温差が猛烈な眠気を誘う訳で・・・抵抗空しく轟沈する事を繰り返していた今日この頃。今晩もそろそろ旗色が悪くなって来ました。

いやもう、とにかく眠い。春眠暁をなんとやらと言いますが、あれは日中眠いのに対して、この時期はその睡魔がまとめて夜に来る感じですね。先程、目覚ましにと目薬をさしてみたのですけれど、どうやら効果はあまり芳しくないようで。そんな毎日を送っているものですから、特にこれと言って話題もありません。かといってあまり長い事ブログを更新しないのもどうかと思いますし・・・というわけで、困った時の文学頼み。今日はこの作品のお話でも。

○伊香保
著者:寺田寅彦
初出:1933年(中央公論)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card4653.html
※リンクは青空文庫です

寅彦の伊香保旅行記。内容は専ら、煩っていた神経衰弱と胃潰瘍の療養のために訪れた、伊香保での出来事です。実は寅彦にとって、伊香保行きにはちょっとした因縁がありました。作品の冒頭の記述によると、この数年前にも一度伊香保に行こうとした事があるらしいのですが、その時は上野で旅費をスリに盗られてしまい、結局伊香保には行けなかったのだそうで。

何やら不穏な回想で始まった伊香保旅行でしたが、果たして今回もまた、彼の伊香保行きは序盤からトラブルに見舞われました。何かと言うと、予定していた宿が取れなかったのです。これは専ら自称伊香保通の知人がいい加減な事を言ったのが悪いのですが、すっかり意気消沈した寅彦は、早速帰京を選択しそうになります。しかし、同行者の勧めで考え直し、宿を探す事しばし、ようやく「M旅館」に部屋を取る事ができたのでした。

続く記述を見ると、どうやらこの「M旅館」は三階建てで、山の斜面に建っていたようですね。しかも、側に階段があって、その終点が伊香保神社だったということですから、次の観光地図で見るところの中央付近のどこかにある宿だったのかも知れません。もっとも、当時の宿が現在まで続いている保証もありませんので、現在の地図から彼の泊まった宿を見付けるのは無理でしょうけれど。

http://www.ikaho-kankou.com/module/images/maps4.pdf

寅彦はその階段を上り切り、右手に折れて湯元まで行ったということですから、今でいうところの伊香保温泉飲泉所あたりまで行ったのでしょう。その頃にはもう日も暮れかけて、残光に照らされた雑木林が美しかったと寅彦は記しています。ところで、彼はここで豊かに沸き出す温泉の余り湯が、惜しげもなく渓流に捨てられているのを目の当たりにし、一方で湯量不足で苦労している温泉もあることを思い出して、次のように述べています。

“生きてゐる自然界には平等は存在せず、平等は即ち宇宙の死を意味する。いくら革命を起して人間の首を切つても、金持と天才との種を絶やすことは六かしい”

いつも自然界を冷静に観察している、物理学者らしい手厳しい意見ですね。妙なイデオロギーに凝り固まった思想屋さんには、彼の爪の垢でも煎じて飲んで頂きたいものです。平等だの公平だのが持て囃されるのはいつの時代も同じですが、大声を張り上げるしか能のない人々の言うような平等など、世界にとっては害悪でしかありません。それにしても、こうして当時流行りの思想に対してさらりと毒を入れて来る辺り、寅彦らしいですね。

さて、寅彦が宿に戻ると、宿は団体客で溢れ返っていました。その騒々しさは相当なものだったようですが、やがてその喧噪が静まると、今度は門前のカフェから蓄音機の音が流れて来ます。しかし、この音は寅彦にとって、やや情緒のあるものに聞こえたようですね。同じ蓄音機でも、客の蓄音機は騒音でしかなかったのは、それが場の雰囲気に溶け込んでいたか否かの違いなのでしょう。

翌日は榛名湖見物のためにケーブルカーに乗ろうとした寅彦でしたが、あまりの人混みに中てられて体調を崩してしまいます。仕方なく彼は予定を変更し、反対方面の七重の滝を訪れました。滝周辺ではのんびりとした空気を楽しむ事が出来た寅彦でしたが、宿に帰ると再び団体客の大騒ぎに遭遇。

寅彦によると、百数十人からの団体客がうろつく足音は、数時間に渉り太鼓の連打のように響き、その振動は部屋を揺らし続けていたそうです。あまりのことに彼は、思わずどうしてそんなにも足音が続くのか、人数と歩数から1秒当たりの振動数を計算してしまったほどでした。とはいえその大狂乱も、午後四時には治まります。団体客が去った後の旅館は、嘘のように静まり返ったのでした。

その晩と翌日は静かに過ごす事ができた寅彦は、帰る頃にはすっかり調子が良くなっていたそうです。曰く、「読まず、書かず、電話がかからず、手紙も来ない」のが胃にも頭にも良かったとのこと。このあたりは、現代人も大いに共感出来る部分でしょう。正直なところ、休日にはあまり電話やメールに煩わされたくはありません。まぁ一方で、偏執的なまでに携帯に執着する人も居るのですが。

最後に寅彦は、ある科学者が弟子に語った言葉を紹介します。曰く、行き詰まった時には何でも良いから、別の何かをしてみると良い、とのこと。つまり、今回の伊香保行きは寅彦にとっての「何か」になったというわけです。そして彼は、旅行中の彼を散々辟易させた騒音の原因である「東京音頭」もまた、それを行う彼等にとっては「何か」なのだろうと述べて、話を結ぶのでした。

作品中、静養したい寅彦と羽目を外したい団体客の行動は、常に対立する関係として描かれています。実際寅彦にとって彼等は迷惑千万な存在だったでしょうし、その下品な行動の数々は擁護のしようがないように思えます。しかしそこで感情的に下品な大衆を批判するのではなく、冷静に客観的な観察を記すに留め、最後に彼等の心情にも理解を示す辺りは、さすがは寅彦と言ったところでしょうか。

神経質な寅彦、皮肉屋な寅彦、風流な寅彦、そして冷静な研究者としての寅彦。寺田寅彦という人物の様々な側面を読み取る事が出来る、興味深い旅行記でした。

浅間山麓より

箱根やら屋久島やらと火山関係のニュースが続くと思ったら、今度は浅間山の警戒レベルが引き上げられたそうですね。なんでも5年ぶりなのだとか。思えば私が子供だった頃にも小噴火があった気がしますし、母が若い頃はそれこそしょっちゅう火山灰が降っていたとか。これが寅彦の居た頃になりますと、小爆発くらいは当たり前だったようで。このところだいぶおとなしかったので少し驚かされましたが、あの山にしてみればいつものことなのでしょう。

縁あって、あの山の周辺には何度も訪れた事があります。主に子供の時分のことになりますが、見慣れた関東の風景とはだいぶ違う荒涼とした景色や空気の臭いは、未だに忘れていません。数少ない楽しい思い出の残る土地だからでしょうか、とんとご無沙汰になって久しい今でも、浅間と聞くと妙な懐かしさと言うか、自宅に感じるような親しみを感じるものです。

ところで、浅間山と言えば寺田寅彦。恐らくは研究の関係であろうと思われる場合と、明らかに観光目的で訪れている場合と二通りありますが、浅間山周辺を訪れた回数はかなりの数になるようです。そして筆まめな彼の事ですから当然、浅間山やその周辺の土地にまつわる随筆を多く残しているわけでして・・・というわけで、今日はこの作品をご紹介したいと思います。

○浅間山麓より
著者:寺田寅彦
初出:1933年(週刊朝日)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card42255.html
※リンクは青空文庫です

家族とともに浅間山麓に旅行に出掛けた時の様子を綴った作品。旅行記と言っても良い内容で、半ば日記的に旅行の様子をレポートしています。特に印象的なのはその冒頭の文章で、そこだけ抜き出すと、まるで小説のよう。使い古された文学的・詩的言い回しなど一切使わず、ただ写実的に、それでいて絵がありありと浮かぶこの表現は、この部分だけでも一読の価値があると思います。

“真夏の正午前の太陽に照りつけられた関東平野の上には、異常の熱量と湿気とを吸込んだ重苦しい空気が甕の底のおりのように層積している。その層の一番どん底を潜って喘ぎ喘ぎ北進する汽車が横川駅を通過して碓氷峠の第一トンネルにかかるころには、もうこの異常高温層の表面近く浮かみ上がって、乗客はそろそろ海抜五百メートルの空気を皮膚に鼻にまた唇に感じはじめる。”

抜粋:: 寺田寅彦. “浅間山麓より”。

私が特に惹かれたのは、「その層の一番どん底を潜って喘ぎ喘ぎ北進する汽車が」の部分。ここまでのたった二行の文章で、真夏の山を行く蒸気機関車を俯瞰した映像が眼前に浮かんでくるのは、私だけでしょうか。端的で簡潔でありながら、光や音や臭い、そして温度に至るまで。空気感がそのままに再現されているように感じました。

ただ表現力があるというだけでなく、ここの部分はとてもリズムが良いのですよね。バリトン気味の渋い男性の声でゆっくりと朗読したら、耳に快いであろうことは間違いありません。ついでにSLの走行音などバックに流したら良いのではないでしょうか。ラジオ番組で、こういう企画でもやってくれないものかなぁとつくづく思います。それくらいに、ここのところが好きで好きで仕方ないのですよ。

さて、寅彦は沓掛駅で汽車を降り、星野温泉で宿を取ったようです。これは寅彦の定番コースのようですね。というのも、他の作品にも度々登場しますから。宿に着いた寅彦は、まずは家族とともに宿の裏山を散策し、ついで自動車に乗って鬼押出しを見物に出かけたようです。道中、寅彦は道路脇に見える地層に注目し、その色の違いの原因について考察しました。

このとき寅彦が通った有料道路と思しき道路は、私が子供の頃も相変わらず有料だった筈です。彼はその先に延々と広がる火山灰の台地の眺めの壮大さについて書いていますが、確かにあれは見物でした。見渡す限りの火山灰と灌木の大地、振り返れば浅間。足元には濃い灰色の火山灰と火山礫という環境で、ある種現実離れした感覚を味わう事が出来ます。もし訪れる機会があったら、是非一度見ておく事をお勧めしたい場所ですね。

寅彦は、鬼押出しについても少し書いています。この場所は本当に独特の景色でして。分かり易く言うと、指輪物語に出てくるモルドールを明るくしたような感じ、とでも言いましょうか。ここで偶然知り合いに出会った彼は付近にある洞窟内の冷泉を見物し、峰の茶屋から浅間山を眺めてから星野温泉へ戻ったそうです。

この日は余裕あり気にしていた寅彦でしたが、翌日はひどい筋肉痛で階段を上るのがキツかったのだとか。若い頃には平気であちこちの山を登って歩いていた筈ですが、歳には勝てないといったところでしょうか。そのせいかどうかは分かりませんが、翌日は星野温泉の宿でのんびりと過ごしたようです。

最後に寅彦は、宿の周囲の動植物についての観察を記しています。ここでアヒルが登場するのですが、このアヒル、恐らく他の作品でも登場していた個体なのではないでしょうか。とするとこの作品以降、彼はこの宿の常連客になったという事なのでしょう。

特に何が起こるでもない平凡な旅行記ではあるのですが、寅彦ならではの観察と表現は、あの土地の景色や雰囲気を写実的に感じさせてくれます。特に浅間山周辺の土地に馴染みのある方ならば、その風景をありありと思い浮かべる事ができるでしょう。私にとってはとても懐かしい、山麓の空気の臭いを思い出させてくれる作品でした。

時事雑感

今晩の東京は湿度74%。気温が24度なのでまだそれほど不快ではありませんが、このじっとりと肌に粘り着くような空気は、いかにも梅雨という感じです。聞くところによると西の方では梅雨入り宣言が出たそうで、恐らく東京ももうじき梅雨になるのでしょう。5月こそ季節外れの炎天続きでしたが、この分なら梅雨は平年並みを期待出来るのではないでしょうか。あくまで、そうだったら良いなぁという希望的観測に過ぎませんが。

ともあれ、何かと物騒な話の多い時事の中で、この梅雨入りの話題などは珍しく平和な内容といえるでしょう。やはりニュースというのは社会問題が主たるテーマになりがちなので、どうしても明るい話題は少ないですね。とはいえ、知っておいた方が良い話題が少なくないのもまた事実。時事問題を聞いて何がしか考察を加えるというのは、決して無駄な事ではないと思います。というわけで、今日はこの作品をご紹介しましょう。

○時事雑感
著者:寺田寅彦
初出:1931年(中央公論)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2458.html
※リンクは青空文庫です。

1930年(昭和五年)の時事問題をもとに、そこから話題を発展させて様々な考察を加えた作品。作品は三つの章からなり、夫々にひとつの時事問題が対応しています。各章のタイトルは「煙突男」「金曜日」そして「地震国防」最後の一本はなんとなく内容を想像出来ますが、他二本はちょっと内容が想像出来ませんね。もっとも、当時新聞を読んでいた人々であれば、恐らくタイムリーだったであろうタイトルでピンときたのかも知れません。

まずは「煙突男」ですが、これは世界のてっぺんで愛を叫ぶお話などではありません。この煙突男というのは当時新聞紙面を大いに賑わした労働者なのですが、彼が煙突のてっぺんで掲げたのは当時流行りの赤旗であり、叫んだのは労働争議に関わる演説だったそうです。まぁそれだけならそこまで話題にはならなかったのでしょうけれど、この男、煙突の上になんと百数十時間も居座ったのだとか。

果たしてそんな長時間そんな場所に居て、生理現象の類はどうしたのだろうとか下世話な話はひとまず措くとして、その不屈の姿勢は国内のみならず、海外の新聞にまで報じられたのだそうです。寅彦は、彼の主張そのものには全く興味がなかったようですが、彼のこの行動がどうしてそれほど多くの人の心を動かしたのか、という点に注目しました。そして彼は、男の「オリジナリティと根気」がそうさせたのだろうと論じます。

転じて、話題は科学研究に携わる人々の事に移ります。そう、研究の分野に於いての「煙突男」が居ないのは何故か、という問題についてですね。当時から日本人はオリジナリティと根気に欠けると評価されていたそうですが、寅彦は、オリジナリティに富んだ研究を周囲が潰すのが原因だと指摘しました。出る杭は打ちたがるくせに、逆輸入品は手放しで礼賛する日本人の性質は、当時から相変わらずのようです。

次の「金曜日」は、いわゆるマーフィーの法則の真実、とでも言いましょうか。なんでも当時、金曜日に首相が刺されたり撃たれたりの凶事が重なったため、この偶然の一致を不思議がる風潮があったそうなのですが、果たしてそれが本当に不思議なのかどうかを科学的に検討します。寅彦はまず数学的に身も蓋もない真実を突きつけ、その上で、それでもそういった「偶然」が何故特別視されるのかを分析しました。

彼が問題視したのは、人々が「金曜日三つ」にばかり注目し、それ以外の日に起きた凶事は無視している事でした。つまり、「金曜日だけに凶事が集中した」ならば不思議と言えなくもないが、その間に他の曜日でも起きている事が金曜日にも起きていたとして、そこには何の法則性も不思議も有り得ないというのですね。これは統計学的には基礎の基礎、当然の分析なのですが、実際にはかなり意図的に無視される事が多い事柄です。

例えばメディアがよくやる、統計マジックがこの類ですね。注目させたいところ以外を無視し、意図した結論の補強に都合の良い証拠だけを並べて、勝手に納得してしまう。手垢まみれの幼稚な思考誘導ではありますが、その有効性は今なおそれが広く用いられているところからも良く分かります。寅彦は、人はこれを自分自身に対しても無意識にやらかしてしまうことを指摘して、そういった妙な考え方がはびこる理由を明快に示すのでした。

最後の「地震国防」は、タイトル通りの内容。昭和五年に静岡県で発生した大地震についての話題から、防災について相変わらず緊張感の無いことを嘆きます。ここで話題に上っている静岡の地震というのは、1930年11月26日の北伊豆地震のことでしょうか。しかし、最後の方で「煙突男」のことを引き合いに出したところで寅彦が記した日付は、11月24日なのですよね。

この時期は26日の本震の前兆現象としてかなり地震が頻発していたという事ですから、寅彦が言及したのはその中でも大きかったいずれかの事なのかも知れませんし、あるいは別の地震なのかも知れません。しかし、被害の大きかった地域として三島が登場する辺りからしても、恐らく北伊豆地震で間違いないのではないかと思うのですが、どうなのでしょう。この7年前に関東大震災があったとも書かれていますから、やはり間違いないのではないかと思いますが。

ところで、この地震について調べていて気付いたのですが、深度5強程度の地震なら、近年も割と頻繁に起きているのですね。あの震災以来ちょっと沈静化していたのがこのところ俄に再活性化したのかと思っていましたが、一概にそうとも言いきれないようで。要するに日本は地震国であり、寅彦が指摘している通り、いつ大地震が起きても何の不思議もない土地だという事なのでしょう。

当時の時事問題に夫々考察を加えた作品ではありますが、登場する事件の古い割に、結局そのどれもが現代に通じるという、古くて新しい作品でした。結局のところ、社会的な問題などというものは、本質的には当時から何も変わっていないという事なのかも知れませんね。





鉛をかじる虫

おはようございます。昨晩は例によって倒れ、気がつけば2時30分という微妙な時間。片付けなければならない雑用の残りを片付け、一風呂浴びたらこの時間になりまして。出勤まであと1時間、果たして何をしたものでしょうね。この、働いて家事をやって倒れるだけという無味乾燥な毎日には、いい加減精神を病みそうです。これが所帯持ちとかいうならまだしも、今どきどこに親兄弟を養うためにこんな暮らしをしているものがいるやら。

まぁ愚痴っても仕方ありません。残された時間は僅かですが、とりあえず酒でも飲みながら、本のお話でもしましょうか。朝っぱら酒というのも廃人臭いですが、どうせ1時間もあれば醒めてしまうのです、会社に着く前に素面になるので何の問題もありませんし、そうでもしないとやっていられませんしね。とはいえ時間がもうありません。長い作品は無理そうなので、久々に寺田寅彦の随筆から、この作品を。

○鉛をかじる虫
著者:寺田寅彦
初出:1933年(帝国大学新聞)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card42165.html
※リンクは青空文庫です

世にも不思議な鉛を齧る虫の紹介と、そこから連想される事柄を綴った作品。お話は、寅彦が「鉄道大臣官房研究所」なる、厳つい名前の研究所を訪れるところから始まります。なんとも物々しい名前からして、いかにも「お役所」というイメージのするところですね。この名前からは寅彦も、書類に埋もれているお役人の職場しか想像出来なかったようですが、実態はイメージとは大きく異なり、純然たる応用科学研究所だったそうです。

ここで見学した様々な研究の中で、寅彦が特に興味深く思ったのが、鉛の被覆管を食害するという昆虫の研究でした。なんでもその虫は鉛管を齧って駄目にしてしまうため、対策を研究しているのだとか。寅彦の記述によれば、齧った鉛の大部分は排泄されているようですが、幾らかは吸収されているようにも見えるようでした。

この謎の虫は何だろうと思って調べてみたのですが、鉛を食害する虫というのは案外色々と居るそうです。例えばシロアリの類は、柔らかければ鉛でも齧るそうですし、ジンサンシバンムシという昆虫も鉛を食べるそうですね。他には芯喰い虫の類も、鉛の先に木材さえあれば、鉛を齧って穴をあけるのだとか。「食べて」いるのか「齧って」いるのかの差異はありますが、思いのほか珍しい事ではないようで。

ところで、この虫を観察した寅彦は、鉛を齧ってその大部分を排泄するという、一見無駄にしか見えない行動から、ある事柄を連想します。それは何かと言いますと、教育でした。

人は学んだ事柄の大半の部分は忘れてしまうので、最終的に覚えているのはほんの僅かな部分だけ。大半は排泄されてしまうようなものです。しかし、鉛を齧るという行動が虫にとって無益な行動でないのと同じように、教育もまた無益ではありません。寅彦はこのことから、次のように考えました。

“「知らない」と「忘れた」とは根本的にちがう。これはいうまでもないことである。しかしそれが全く同じであるとしても、忘れなかった僅少なプロセントがその人にとってはもっとも必要な全部であるかもしれないのである。”


教わった事の大半は忘れてしまうのだから云々という話は、非常によく聞きますね。特にちょっとませた思春期前後の子供などは、こういうことを言いたがるものです。しかし、寅彦が指摘している通り、忘れる事と知らない事は根本的に違います。

当時は知られて居なかったでしょうが、ご存知のように、人間が一度取り入れた情報というのは、たとえ忘れたとしてもその人の人格形成には影響を与えています。それに「忘却」には二種類あって、捨てられてしまう情報と、深いところに格納されてしまって引き出しにくくなる情報とがあるのですね。知り得る範囲の情報から、毎度こんな風に鋭い指摘を繰り出す辺り、さすが寅彦です。

最後に寅彦は、この虫の行動を例にして、「無駄は悪である」という短絡的な思考に対して異議を唱えます。そして、そう考えると道楽息子に教育を施すのも必要であり、無駄と思われるような研究でも、しないよりはした方が良いのではないかという結論で結ぶのでした。

無駄っぽい研究が実は有益だったりというのは、ありがちすぎるほどにありがちな事ですが、そのくせすぐに無駄がどうとか言い出すのも世の中というもの。本質を理解していない短絡的な人間の合理主義など、排泄物を出す事を無駄と捉えて飢え死にするのと同程度の愚行なのですが、にもかかわらず流行るのですよね、そういうのに限って。

鼻息を荒げて短期利益に群がることが、さも素晴らしい事であるかのようにいわれる事の多い昨今ですが、とりわけ大学や研究所の皆様、そして科学の何たるか全く理解していない政治家やお役人様一同には、この作品を読んで少し頭を冷やしてもらいたいものだとつくづく思います。

といったところで、そろそろ出勤の時間ですね。それでは皆さん、良い一日を。

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