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日々の便り

 

まさか

何か問題が起きた時、たとえば交通事故や災害に巻き込まれた時、大抵の人がこう思うのではないでしょうか、「まさか」と。テレビなどでそういう発言をしている人を見ながら、「呑気だなぁ」とか「平和ボケだなぁ」なんて笑っていた私ですが、なるほど当事者になると思うものなのですね、「まさか」って。

親族のことなのであまり詳しいことは書けないのですが、なにやら非常に物騒なことになってきていますので・・・「まさかのまさか」があった時のために、色々ぼかして書いておこうと思います。

ことの始まりは数年前、とある親戚の老人が親戚との養子縁組を破棄して、我が家に後見人になって欲しいといってきたのです。もともとうちの人間を養子にしようとしていたのを断ったので、別の親族を養子にしていたのですが、どうやら馬が合わなかったようで、結局破綻してうちに頼ってきた格好ですね。

他の親族は皆その人の要請を断っていましたので、仕方なく老人ホームに入るためのあれこれから、家に溜まったゴミの処分やら、定期的な訪問と外出の付き添いやらと、ただでさえ別の親族の介護で忙しい我が家は、さらにてんてこまいすることになりました。

しかし、ここへきてようやく片付けも一段落し、少し落ち着いたかと思いきや、新たに問題が持ち上がったのです。なんと、その老人の後見人を断ったある親族が、その老人の財産を分与しろと我が家に迫ってきたのです。・・・意味がわからないでしょう? でも、これ、本当のことなんですよ。

彼がまずやったのは、親族の老人への直談判でした。老人ホームに突撃した彼は、当人になにやら訳のわからないことを延々と話したのだそうで、要約すると「金をくれ」ということだったのだそうです。色よい返事を得られなかった彼は、今度は養子縁組を切られた親族のところへ行き、感情的に詰ったのだそうです。「お前がしっかりしていないから、あいつらに財産を持って行かれたのだ。」と。

しかしです。金を無心している彼は親族ではあっても、親子でも兄弟でもないのだから相続権は持っていませんし、そもそも後見人を断ったクチ。法的にも道義的にも、彼に流れるべき財産などもともとびた一文ないのです。持って行かれたもなにも、ねぇ。それに、まだご当人はご健在なのですから、財産の分配も何もないでしょう。

だいたい、後見人というのは、あくまで後見人ですので、後見する相手の財産を好きにすることなどできません。むしろ、その老人の財産が尽きてホームへの支払いが滞ったりした場合、支払い義務を負うのが我が家です。現時点では、我が家に勝手に処分できる財産などないのですよ。・・・と思ったら、彼が言っているのはそういう事ではなかったのですね。

曰く、預かったものは好きなように横領できるだろう、と。臆面もなくそんなことを言ってくるのだから驚きました。「お前たちはその老人の財産を使っていい思いをしているに決まっているのだから、俺にも分け前をよこせ」と。それだけでも驚きですが、彼の奇行はそれだけではありませんでした。

後見している老人とその元養子のお二人から事情を聞いていたので、妙なことになっているなとは思っていたのですが、突然我が家に電話してきたと思ったら、怒鳴り散らしたのです。お前たちは不当だ、お前たちが得ている利益は俺のものだと。なにやらありもしない過去まで捏造して、それはもう口汚く罵ったのだとか。

あまりに興奮していて電話では埒が明かないので、とりあえず会って話すかということになり、本日我が家に来る・・・はずだった彼。ところが、どうしたわけか本人は何の連絡もよこさず、顔も出さず。意味不明にもほどがあります。結局、何がしたいんでしょう?

我が家は貧乏ですので、こういう遺産がどうとか財産がどうとかいう争いとは無縁だと思っていましたし、顔を真っ赤にして大暴れしているらしい彼も、昔はこんな事をするような人ではなかったのですけれどね。そもそも彼は家だって持ってますし、高級車やハーレーを乗り回したりしてますし、到底お金に困っているようには見えないのですが、何をそんなに必死になっているのでしょう。

あまりに不自然な変貌ぶりに、不快に思うより疑問の方が先に立つくらいです。どう考えても、尋常な状態ではありませんよね。なんというか、不気味ですよね。ちょっとしたホラーよりゾっとします。

そもそもお金をせびりたいならうまく取り入れば良いのですし、泣き落としだって有効でしょう。それを、「俺の財産を奪うな」なんていって八方喧嘩を売って歩いたって、誰も味方などしてくれる筈もなく。目的が金銭だったとしても、やり方があまりに不自然なのです。あるいは、誰か焚き付けている人でもいるのでしょうか。

口を開けばありもしない他人の瑕疵を感情的に批難する有様も、どう考えても正気の沙汰ではないですし、親しかった親族の財産を、まだ相手が健在なのに奪い取ろうとするその姿勢も普通ではありません。常識的に、考えるまでもなく無茶を言っている筈なのですが、どうやら彼の中ではあくまで自分は不正をされた被害者で、相手は悪党なのだから謝罪と補償をするべきだ、という意識が確立されてしまっているようなのです。

・・・あ、ソレどこかで見たな、と思ったあなた。違います、我が家は戦国時代から続く日本人の家系ですから。

ともかくもそういうわけで、我が家は只今、まさかの親族トラブルの真っ最中。相手の支離滅裂っぷりと、意味不明な行動の数々に戦々恐々としております。まさかとは思いますが、まさか、ねぇ。家族で話し合って出た結論は、「戸締りはちゃんとしようね」でした。それこそまさかですが、あの狂乱ぶりですと、まさかのまさかも無いとは言えず。

本当に、まさかですよねぇ。意味不明かつ身勝手な自己完結をした親族に、突然危害を加えられる類のニュースは度々目にしてきましたが、まさか当家がその一歩手前の状態にまで追い込まれるとは。人生、何が起きるか分からないものです。


日本企業はITに弱い

Photo蔵がまた緊急メンテナンスだそうです。ここ半年くらい、むしろまともに使えていた時間のほうが短いのではないでしょうか。少なくともここ一月で2回目か3回目の「緊急」ですよね。これはもはや、使い物にならないと言われてもおかしくないレベルだと思います。

こう短期間で何度も何度もサービスが停止するレベルの重度障害が再発し続け、なお解決の兆しが見えないということは即ち、そもそもシステムの設計そのものに致命的な欠陥があったということ。またしても、日本企業のIT音痴が露呈した格好と言って良いのではないでしょうか。

これまで利用してきた各種国内企業のサービスは、有料であれ無料であれ、その全てがこのパターンに陥った後、ろくなフォローもなしに開店休業状態を経て、結局閉鎖という流れになってきました。Photo蔵も同じ轍を踏むのではないかなぁと、正直半ば諦めモードです。

というわけで代わりになるサービスを探しているのですが、何か良いものはないでしょうか。Tumblrのブログ埋込機能は、どうやらFC2では機能しないっぽいのですよね・・・と思いきや。

http://rascus.tumblr.com/post/168930912619/キアゲハ-景信山にて


おや、プレビューだとダメなのに、本物のサイトでは表示されますね。最近何かと物議をかもすあのインスタに頼るしかないかと思っていましたが、これならばなんとかなるかも知れません。ちょっと画像がボケるのが気になりますが、それさえどうにかできれば完璧です。少なくとも、現状でもPhoto蔵よりはあてになりますしね。

それにしても、いやはや、ダメですねぇ日本。プログラマとして働いていると、60〜70代が仕切る日本企業が、どうしてITに弱いのかがよくわかります。要は、経営者や管理職に学習意欲がないからなんですよね。馬鹿で勉強が嫌いなくせに、見栄を張りたいから、聞きかじった精神論を振り回してばかりで。

少なくともITに精神論は通用しません。どんなに意識を高く持ったところで、作りがだめなら壊れるし、壊れることを想定していなければ復旧はできない。なのに、必要な設計と投資を怠って、ブラックな労働と最低限のインフラのみで「利益率の良い」サービスを始めるから、結局破滅が待っているのです。

1)希望的観測と精神論による甘い見積もり
2)技術陣の反対を無視して強行
3)当初の成功に浮かれて問題を放置
4)障害発生
5)目先の問題のみに場当たり的に対処
6)障害が多発
7)場当たりを繰り返すも根本原因は放置
8)状況が制御不能になる

という日本ならではの必敗パターンに、どの企業も陥るのですよね。これはITに限らずでしょうか、T芝の投資もそうでしたし、そういえば某エアバッグ問題も、某空飛ぶタイヤも、どれも同じパターン。実はこれ、二次大戦中の日本軍もやっていた日本のお家芸でもあるんです。

何度やっても懲りないのは、どうしてなのでしょうね。謝罪だの願いだの誓いだのと、実のないスカスカの反省ゴッコを子供に刷り込む暇があるのなら、この必敗パターンに陥る理由と対策を徹底的に叩き込むべきなのではないかと思う今日この頃です。

娯楽作品とその感想に見る平和ボケ

夏目漱石はその作品「点頭録」の中に、こんな一文を残しています。

“実際欧洲の思想家や学者はそれ程実社会を動かしてゐるのだらうか。”
抜粋:: 夏目漱石. “点頭録”


これは第一次世界大戦と、当時しきりに話題に上っていたある思想との関連性について、論じた回に登場する一文。漱石は、世間が持て囃している程思想は戦争に影響しておらず、政治はあくまで政治であって、別の力学で動作しているものを、メディアやら学者やらが思想家とそれらをくっつけたがっているだけである、と指摘しました。

しかし誠に残念ながら、大衆とメディアの夢見がちな思考は、100年前から何も変わってはいません。当時もそうであったように、現代においてもメディアは思想と政治のこじつけが大好きです。ことに、戦争と平和という命題においてはその傾向が顕著であると言えるでしょう。分かり易い事例を挙げるなら、ベトナム戦争を反戦運動が終わらせた、などという主張がそれですね。

こういうことを言いたがる人々にとっては、戦争中の「美談」も、格好の燃料となるようです。曰く、人と人とは分かり合えるのだ、対話によって争いは解決出来るのだと。なるほど、確かにその通りではありますし、それが理想ではありましょう。しかしながら、その主張が通用するのは個人間での諍いまでなのです。

歴史的事実、それもメディアが書きたがらないデータとしての側面から見た戦争が終わるための条件には、面白みも暖かみも何もありません。それは極めて冷酷な、力と利益の計算の世界です。そもそも戦争はなぜ起こるのか、その始まりに目を向けるなら、どうしてそういう結末になるのかも自ずと理解出来るでしょう。戦争の種類は、大きく分けて二種類です。

1)領土、貿易など、経済的権益に端を発する戦争
2)思想信条に端を発する戦争

言い換えるなら、こうも表現出来ます。

1)殺傷行為以外に目的がある戦争
2)殺傷行為そのものが目的の戦争

まず大半の戦争は1)であるといって間違いありません。いえ、全てと言っても良いでしょう。しかし、実質的に権益のための戦争であっても名目上2)とされる戦争もあり、そしてこの種の戦争はその性質上、1)よりもさらに面倒な結果を招きます。

国家の利益を確保する戦争の場合、いずれかの当事者にとって戦争が「どうしても割にあわない」状況になった時、戦争が終わると言って良いでしょう。敗者の完全敗北であれ形式上の停戦であれ、これには必ず実質的な勝者と敗者が生まれます。敗者は損失を最小化しようと交渉し、勝者は利益を最大化しようと交渉しますから、軍事的に明白な勝敗がついた後でさえ、交渉による停戦ないし終戦は非常に困難な作業となります。

まず停戦交渉を先に言い出した側が、交渉の席では不利になります。ですから、不利な側から停戦交渉を持ちかける事はできません。有利な側から申し出る場合、それは降伏勧告になりますが、当然不利な側はそれに直接応じる事はできません。応じてしまえばその後の交渉で、圧倒的な不利になりますから。近現代の武力衝突において、当事者が調停者を第三勢力に頼む理由は、まずここにあります。

表向き利害のない第三勢力が仲介をし、双方がその第三勢力の顔を立てるという名目のもと、スタートラインを揃えて交渉のテーブルにつけるというわけですね。近現代における現実世界の戦争は、このタイプの終結方法がほとんどです。実質はどうあれ、どちらの政府も「自分たちは負けていない」と主張出来るため、政治的にも選択し易い方法ですね。

この事から、「思想」や「世論」が戦争終結に影響を及ぼし得ない事が御分かり頂けたと思います。仮にそれに応じる形で自分から停戦を申し出てしまった場合、それは国家に重大な損失をもたらしかねないのですから。もっとも、そうなったら「世論」は無責任に掌を返すのでしょうけれど。


さて、戦争が2)のタイプである場合、状況はさらに絶望的です。近年で言えば、ISの仕掛けた武力闘争がそれ、名目上の宗教戦争にあたると言えるでしょう。あれも実際には実に生臭い実利的な闘争なのですが、しかし表向きは宗教を理由にしており、その目的は異教徒の殲滅であると公言して憚りません。この場合、指導部はともかく末端では、戦闘行為そのものが戦争の目的になります。

このタイプの戦争では、通常の紛争とは異なり、一方的な加害者と完全な被害者という関係性が生まれます。その上、主に民族の誇りだの宗教だのと言った、実体のない虚構が加害側の理由付けになるため、加害側は「交渉」も「敗北」も許されません。例えば、民族Aは悪魔の子らである、故に殲滅し浄化するのが神の敬虔なる信徒の務めである・・・などという戯れ言を大義名分にした場合、停戦した途端に国民は丸ごと背教者になってしまいます。

しかもこういった戦争の場合、加害側の戦闘員や市民が自らの罪を自覚している事も問題です。決して当人は認めませんが、それでも加害者であることを意識しているからこそ、虚構の大義名分が必要になるのですね。殊更に神の名を掲げたり叫んだりする行為などは、その最たるものです。なのに、停戦や敗戦をしてしまったら、彼等は自らの罪を認めざるを得なくなります。そもそも民族や宗教に縋るような理性の弱い人間にとって、それは不可能な選択なのです。

つまりこういった闘争の場合、加害側か被害側のいずれかが、軍事的に完全に屈服させられるまでは戦争が終わりません。そして、仮に加害側の敗北で戦争自体が終わったとしても、それを認める事が出来ない加害者達のテロリズムという形で戦いは続くのです。いずれにしても、そこに「思想」やら「世論」が入り込む余地など、ほぼ無いことは御分かり頂けるでしょう。

ところで、娯楽作品で描かれる戦争のうち、より多いものはどちらでしょうか。所謂「文学」や「児童文学」に分類される程度に高度な作品においては専ら1)の権益の戦争なのですが、数において圧倒的多数を占めるその他においては2)であるようです。そうした作品を理に適った展開で描くなら、ひたすら泥沼の戦争に突入するなり、一方的に加害側を殲滅し尽くすなりする以外、戦争の終結方法は有り得ないことは、前述の通りです。

ところが、こういった作品には時折、夢見がちなヒューマニズムが持ち込まれるのですよね。例えば主人公達の善行がきっかけで、両勢力に和解の気運が生まれてしまったり。特に、敵を助けるような「美談」は、ヒューマニストの皆様には大変評判が宜しいようで。

実際のところ、現実にある戦争でも稀に「美談」が生まれる事は、ある意味私達にとって慰めと言えるかもしれません。しかし、欲目無しで現実を直視するならば、「美談」が効力を持つのは戦争が決着した後であって、戦争中ではない事を認めないわけにはいかないでしょう。そういった美談は戦後、充分にほとぼりが冷めてから、メディアによって充分に脚色された形で伝えられるからこそ美談になるのであって、戦時下では厳しく糾弾される行為なのですよ。

また、仮にひとつや二つの善行が現場で確認されたとして、それ自体が戦争全体に影響を与える事はありません。特に、どちらか一方であれ双方であれ、指導部が戦争続行を望んでいるのなら、無視されるか握りつぶされるのが普通です。最も救われる対応だったとしても、戦後の融和政策のためのカードとして記録に留められて終わりでしょう。しかも、それがあり得るのは1)の戦争の場合であって、2)の戦争では有り得ません。

にも拘らず、こういった夢見がちな主張を大真面目に語る人が、意外と多いのですよね。殲滅戦争の加害者を助けたら対話が始まる筈とか、一体どれだけ夢見がちなのでしょう。そもそも、「殺す事が目的で殺している」殺人鬼に刃物を突きつけられた状態で、説得をする暇があるとでも思っているのでしょうか。彼等の主張は、駅を通過する急行列車の前に飛び出して、運転士に対して轢かないで欲しいと交渉を試みろと言っているようなものです。

しかも甚だしい者に至っては、「相手と同じレベルに落ちないためには、善行を積んでみせる必要が云々」などと道徳論を説き始める始末。そもそも命の取り合いをしている現場で、味方の命を代償に支払ってまで加害者を助ける事を正義であるとまで仰るとは、なんとも見上げた人道主義もあったものです。ところでその主人公は、一体何の権利があって被害者側の誰かの命を実質的に奪うのでしょうね。しかも、よりによって加害者のために。

こういった行き過ぎた独善的な「人道主義」の背景には、作者や読者の自己陶酔があります。彼等は、「命は皆平等」という言葉の意味を考えもせず、ただ目の前に見えているものがその言葉をなぞる事だけに満足感を覚えているのですね。なるほど、加害者に慈悲をかける事は確かに立派に見えます。そこだけを見るならば。しかし、そのために無辜の第三者の生命や財産を奪うのならば、果たしてそれは善行でしょうか?

恐らくこういった独善的で自己陶酔的な「人道主義」が横行する原因には、日本という国の平和さがあるのでしょう。一般市民は通常、自らの命や他者の命について、危機を感じる事はありません。従って、大抵の物事を「安全地帯に居るつもりで」考えてしまうのです。もっと言うならば、テレビを見ている感覚で物を言う、とでも言いましょうか。

安全な場所から見ている他人事だからこそ、犠牲になる第三者の事など目に入らないし、目に入っている主人公の行動が「善行」に見える事を何よりも重視します。そして、周囲への影響や主人公の責任など考えようともしません。ともすれば、そんなものは目の前の「善行」に比べたら無価値なものであるとまで言い放てるのです。

恐ろしい事に、こういった思考をする人々は虚構の世界だけでなく、現実の世界の事柄に対しても同様に考えるのです。例えば、凶悪犯に発砲した警官を非難してみたり。その急先鋒が既成メディアであり、その熱烈な支持者達であることは言うまでもありません。

結局のところ、多くの日本人が独善的な「人道主義」が大好きなのは、つまりそれでも問題なく生きて行ける平和な社会だからであり、そこに蔓延った自己陶酔的正義を振りかざすメディアの主張にすっかり染まっているから、と言って良いのではないでしょうか。もちろん、耳に快いからと言ってそんな戯れ言に陶酔する本人の無思考と無自覚な利己主義もまた、大いに糾弾されてしかるべきではありましょうが。

娯楽作品とその周囲に溢れる独善的人道主義と、それに陶酔する人々をみるにつけ、薄ら寒いものを感じずにはいられない今日この頃です。


公道化詐欺にご用心

先程、不動産屋が突然「説明」にやってきました。何かと思ったら、最近取り壊した近所のアパートを建て替えるにあたり、そのアパート前の道路を私道から公道にアップグレードしたいので、その私道に裏を接している我が家の土地をごそっとよこせというのです。無償で。

曰く、建築基準法では道路の中心から2mの位置まで土地をさげる義務が云々。将来うちを立て替えるならどのみち供出する事になるので、今のうちに同意しておいてもなんたら。ものすごっくややっこしい説明を延々とするものだから、思わず要約して差し上げました。

1)公道化の受益者は件の地権者である
2)公道化しても我が家には何の益もない
3)我が家は公道に面しており、裏の私有地を公道化する義務はない
4)無償で土地を供出しなければならない義務はない

これで正しいかと聞くと、うろたえながらも肯定。頭に血が上りかけましたが、ここはぐっと堪えて問答を続行。税金や登記の話も確認します。すると、登記変更等の諸費用まで全部こちらで出せ等と言い出すではありませんか。何故だと問えば、また建築基準法が云々で煙に巻こうとします。なるほど、この私に法律で論戦を挑むということなのだな、というわけで、こてんぱんに論破してやったところ、捨て台詞を残して帰って行きました。百年早い。

残念ながら法律で我が家に挑むのは無謀というものです。なぜならば、私を含め法律を修めたものが複数名おりますから。ついでに、ロジックだけなら私は学内一でしたからね。論戦で勝てる相手と思うてか。

でも、これってお年寄りなら騙されるでしょうし、若い人でも法律に明るくないと、「法律で決められちゃったのなら・・・」なんて、弱気になって首を縦に振りそうですよね。要するにこれって、現代における地上げじゃないですか、しかも巧妙に合法化されているところが、極めて悪質な。

もしこういう輩が現れたなら、迷わず突っぱねるなり、公的機関か弁護士に相談するなりするようにしましょう。間違っても煙に巻かれて、雰囲気で承諾などしてはいけません。

余談ですが、法律というのは極めて冷徹なロジックなのです。そこには正義も善もなく、あるのはただ原則とその応用のみ。人工的なものではありますが、目指すところは物理法則と変わりないのです。従って、原則から外れた法律は本来あってはならないものですし、あれば裁判で修正させる事が可能です。

少なくともこの日本に於いて、平時に個人の財産を対価なく接収出来る法律などありえません。このことだけ覚えておけば、こういった悪質な不動産屋にひっかかることもないでしょう。土地建物をお持ちの方は、これだけでも覚えておくようにして下さい。

それにしても、頭の悪い不動産屋ですよね。「お願い」ならまだ心象も悪くないものを、「ご説明」なんて高圧的に出たら、もうその後の交渉の余地もないくらい、心証を悪くしてしまうではありませんか。もっとも、要するに騙す気満々で、交渉する気はなかったってことなのでしょうけれど。

ロジック不在

家族と雑談していて、とても気になった事があるので書いておこうと思います。テーマは首記の通り「ロジック不在」。ぼんやりとした雰囲気や曖昧な概念で勝手に納得してしまって、あたかもそのトンデモ雰囲気論が、なにがしかの「論理」足り得ているかのように勘違いしてしまうという、人のありがちな性質についてです。

今日話題になったのは、「細胞の記憶」というお話。なんでも、あるマウスに餌と恐怖体験をセットで与え、特定の餌を見ると怖がるようにしておいて、その鼠を繁殖させると、その子供達にも同じ反応が現れて云々。そんな実験を「科学」と称して論文を出した人がアメリカに居るのだそうです。

まぁそれについてはいいでしょう。良くないけど、いいでしょう。ちゃんとした科学畑の人間ならば、実験の手法についてこれでもかとばかりに突っ込める筈ですが、生物学の実験なんて100年前からそんなものです。物理学の実験とは根本的に性質が異なるのは、まあいいのです。勝手にやって勝手に納得しててくれれば。

問題は、それを聞く人間が雰囲気に流されてしまうことなのですよ。例えば、「細胞に情報を蓄積して」という一言。それでなんとなく、細胞が危険についての知識を覚えてしまうようなアニメ的な絵面が浮かんで来るのでしょうね、そう言われて首を傾げない方は、少なからずおいでの筈です。というのも、世の中の大半の人々は、そんな風に主観的な雰囲気で物事を捉えているのですから。

でも、少し冷静に考えてみれば分かる筈です。そもそも、「危険」って何ですか。「恐怖」とは何ですか。その情報はどこで作られ、どのような形態のもので、記録するにはどのくらいの物理量が必要で・・・etc。そもそも日常的に「危機」に晒されている各細胞が、個々の危機と個体としての危機をどう見分けるのか、という問題があります。細胞の危機など個体の危機とは無縁なのですよ。

判断するのが脳ならば、脳が遺伝子書き換えを指令する事になり、逆に細胞が判断しているとなると、各細胞が個体の概念や与り知らぬ筈の他の細胞の状況までを認知している事になってしまいますね。ちょっとロジックを考えるだけでも、大変な事になっているのは一目瞭然でしょう。ところが、そこで誰も突っ込みを入れない現実に、私は思わず頭を抱えてしまったのでした。

恐ろしい事に、こういう雰囲気論は、なにも文系だけの病気ではないのですよね。しっかり理系を出た筈の自称技術者でさえ、専門外の事にはこういう雰囲気論を平気で持ち出すのですよ。例えば「モータの異常をソフトで記録してくれ」とか。

それだけ聞くとまともな注文のように感じるかも知れませんね。でも、考えてみてください。そもそも異常とは何なのか。温度なのか速度なのか電流なのか音なのか、あるいはその全部か。ただのモーターについてそれを誰がどのように収集し、何をもって「異常」と判定するのか。少なくとも「異常を記録する」という単純な概念を実現するためには、最低限でもそれだけの機構とロジックが必要なのです。

異常、正常、恐怖、歓喜、愛、憎しみ、悲しみ。そうやって私達が主観的に認識している「なんとなくの世界」は、あくまで人の言葉の上でしか成立しない、おままごとのようなものです。それ以下の物理的な反応や制御の世界には、そんなぼんやりとした雰囲気論は全く通用しません。ところが、そんな雰囲気論をこねくりまわして、あたかも世界の真実を知ったかのような顔をする人間が、あまりにも多いのですよね。

そんな風にロジック不在のまま雰囲気で納得してしまうから、似非科学や変な宗教が流行るのでしょう。変な政治的なイデオロギーにしても、記録に基づかない不可思議な歴史観にしても、一頃の放射能ヒステリーにしても全ては同じ事。何だか良く分からない、それっぽい雰囲気論をよく考えもせずに信じ込む人が多いからこそ、そういうものが世にはびこるのではないでしょうか。

世の中の人々は、もっとロジックを考えるべきだと思います。細かいところまで分かる必要はないのですよ、まず第一歩は、なんとなく分かった気になっているある事象について、それはつまりどういうことなのかと考えるだけでも良いのです。冒頭の話で行くならば、そもそも「記憶」とは何か、もっと突き詰めるならば「情報」とは何かというところからですね。

それっぽい単語を並べて、考えたような気分になるのは危険です。それは他人の与えてくれた雰囲気に便乗しているだけで、実際には何も考えていないからです。例えば、「平和」といえば思考停止してしまう人達のように。「人権」といえば全てが正義になってしまう人達のように。「かわいそう」の一言で、あらゆる事実を無視できる人達のように。

それはつまり、その「雰囲気」を作った人達の思惑に、無条件に賛同する事を意味しています。それが遺伝子の思い出なんて他愛もない話題のうちはまだ良いでしょう。でも、思考の習慣というのは多くの場合、全ての事柄に反映されるもの。雑談についてそのように反応する人が、その他の事柄についても同様に反応することはないと考えるのは、少し楽天的過ぎますよね。

そうして形成される世論、世の中の「空気」というものがどれほど悪質で破壊的なものであるかということは、世界の歴史が今なお実証を続けている通りではありませんか。

例えば「魔力」だの「エネルギー」だの「想い」だの「記憶」だの。実体のよくわからない雰囲気がいつも都合良く具体的な現象を引き起こしてくれるのは、日本人の大好きな二次元世界の中だけの事。現実はそんなに便利ではありません。フィクションを楽しむ時はそれで良いでしょう。しかし現実を考える時は、もう少し地に足をつけて現実を見るべきなのではないのでしょうか。

もしそれができないというのなら、せめて、自分たちは何も考えていないという事くらいは、自覚するべきだと思うのです。でないと、「乗せた者勝ち」の歴史は、何度でも繰り返される事になるでしょうから。



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