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日々の便り

 

SHURE M97xEを試す。

ものの善し悪しは比べてみないと分からないものですが、比べようにも基準がないと困るものですよね。そういう意味で、定番とかスタンダードと言われるような機器は役に立ちます。というわけで、とりあえず持っておきたいと思っているカートリッジが幾つかあるのですけど、今日はその中のひとつが届きました。

2013-10-31
2013-10-31 posted by (C)circias
○SHURE M97xE
定格出力電圧:4mV
周波数応答:20Hz〜22kHz

MM方式と言えばSHURE。そのリスニング用カートリッジの最上位機種です。店によっては結構お値段の張るカートリッジですが、サウンドハウスさんなどでは8000円前後で手に入ります。今回、もう少し安いお店があったので、先行投資のつもりで購入してしまいました。

シェルはオーディオテクニカを使う予定だったのですが、オーテクさんのシェルとは寸法が合わず、あえなく断念。オルトフォンの安いシェルを使用しています。今晩はこのカートリッジを、いつものNT-500Mと比較してみましょう。


2013-02-12
2013-02-12 posted by (C)circias
○NAGAOKA NT-500M
定格出力電圧:3mV
周波数応答:20Hz〜20kHz

M97xEの音の傾向は、ハイファイであっさり目。全体的に音のきめが細かい感じがします。ただその反面、どのレコードでも表現が抑制的になり、特にジャズではあまり「楽しさ」がありません。あまり熱量が伝わって来ない音です。

音のバランスは、NT-500Mよりやや低域が強いでしょうか、引き締まったスピード感のある低音を聴かせてくれます。また、中域の音の減衰が早いため、全体的にすっきり整理されたあっさり目の印象に。ユニゾンやコーラスでは、個々の音を聞き分け易いように感じました。

高音はあまり強くありませんが、細かい音をよく拾います。そのため、管楽器のアタックやベースのアタックに含まれる、しわがれたようなあの独特の音が生々しいのが印象的。そのくせ管楽器が音を引っ張るシーンで、音の中盤以降に来るいわゆるコブシの部分の熱量を再現できず、サラっと流してしまいます。

ピアノの音色が滑らかで前に出る一方、管楽器や弦楽器は控えめに。空間の表現もあまり得意では無いようで、少し狭いように感じました。

同じレコードをNAGAOKA NT-500Mで聴いてみると、まずその音量の大きいのに驚かされます。スペック表ではM97xEの方が電圧が出ることになっているのですが、明らかにNT-500Mの方が大音量に感じますね。あるいは、コンプがかかったような音なのかも知れません。

音量だけでなく、管楽器のぐっと力を込める感じや強弱の表情は、NT-500Mのほうが明らかにくっきりと描写してきます。そしてなにより、チャンネルセパレーションではかなり劣る筈のNT-500Mの方が、広々とした音場を再現します。特にライブ盤ではこの傾向が顕著で、臨場感の違いは圧倒的でした。

お値段の比較をすると、NT-500Mが正規品で3500円くらいなのに対して、M97xEは11000円から17000円くらい。三倍から五倍程度の差があるカートリッジなのですけど、どちらが聴いて心地良いかという基準であれば、明らかに軍配はNT-500Mのほうに上がります。しばしば費用対効果の高いカートリッジと言われているのが裏付けられた格好ですね。

まぁこういう結論になったのは、システムの相性も大きいのでしょう。なにしろ修理品ばかりのジャンクの組み合わせで構築されたシステムですから、高級オーディオを揃えておいでの皆さんの参考にはならないかも知れません。念のためにシステムを書いておくと、こんな有様です。

プレーヤ:PIONEER MU-61 修理品(部品自作)
アーム :機種不明、中古。
アンプ :ELEKIT TU-877 修理品(部品交換、回路定数変更)
プリ  :MARANTZ PM6100SA(フォノイコとして利用)
スピーカ:B&W DM601 S3 中古

見事なまでにいい加減というかガレージ感溢れるというか。いっそのこと、そのうちフォノイコも自作してやろうかなどと考えていたりします。

恐らくHiFiにはほど遠い音なのでしょうけれど、結局オーディオなんて聴いて心地良ければそれで良い訳で。そういう意味で、NT-500Mは名機のような気がしますね。M97xEを評価するつもりで、図らずもNT-500Mを見直す結果になってしまいました。

投資が無駄になった感は否めませんが、まぁ、実際に比べてみない事には分からないことですからね、いわば授業料ということで。それに、M97xEにも優れたところはありますので、色々とセッティングを練れば、案外使いどころはあるかも知れません。そういう遊び方ができるのも、レコードの面白さですね。

近頃話題のシチュー味

今日はまた、一際寒い一日でしたね。あんまりにも寒いので、今朝になってから急遽真冬用のコートを引っ張り出したほどです。この気温ですと、さすがにウールのジャケットでは凌げません。それどころか、コートを着込んでもまだ寒いくらいです。やはり急な変化であるのが堪えるのでしょう。

ところでこの寒空になんですが、今日は妙なものを買って来てしまいました。それは一部で話題になっている、あのシチュー味アイスです。会社帰りに利用するスーパーで、大量に売られていたのでつい、面白半分で。

2013-10-30
2013-10-30 posted by (C)circias

先程眠気覚ましに一本食べてみましたが、うん、なんとも珍妙なものでしたね。コーンポタージュ味とそう大きくは変わらないのですが、個人的には前者の方が好みであったような気がします。

味について詳しく解説しますと、缶入りコーンスープを甘くして、ミルクを足して、ほんのりニンニクの香りを付けて、コーンの代りにジャガイモを入れたような。ガリガリ君のコーンポタージュ味を食べた事のある方ならば、あれをもっと牛乳っぽくして、ほんのりニンニクの香りをつけたものと思えば良いでしょう。

ジャガイモは案外しっかりと入っていまして、食感もちゃんとあります。ただ、当然凍っていますので、噛み締めた感覚はコーンの時のそれとあまり変わりないような気がしました。コーンより若干粉っぽいかな、という程度で。味もそんなに変わりないですね。

不味くはないので、一本食べるのが苦痛という事はありません。でも、もう一本食べたいかと言われると少々考えますね。まぁくれるのなら食べても良い、という程度です。ほとんどゲテモノを連想させるようなコラボレーションですが、案外無難にまとめたな、と。

恐らくコーンポタージュが成功だったので、これはその路線上の亜種なのでしょう。味もよく似ていますしね。今回もとりあえず掴みは上々のようで、家族曰く、話題の商品としてTVでも取り上げられていたのだそうです。

ただ、あまり繰り返すと陳腐化してしまいますので、次に出すのは何か別の路線になるのではないでしょうか。こういう、新奇性勝負の商品開発って大変ですね。そういえば一頃、ペプシが色々とやっていましたよねぇ、ペプシソとか小豆ペプシとか・・・。


こころ

今日は日中は妙に暖かかった反面、朝晩の冷え込みが厳しいのが堪えますね。明日は昼間も寒いというので、今ある服で間に合うかどうか少し心配です。まぁ10月も今週で終わりですから、そろそろ冷えて来るのも当然と言えば当然。まだ身を切るような冷たさではないものの、特に早朝の冷え込みは厳しさを増してきました。今年も寒くなりそうです。

ところで、寒さと言えば漱石・・・なんて思うのは、私だけでしょうか。漱石は様々な時期を舞台にして物語を描いていますが、どういうわけか、とりわけ寒さの描写が印象的であるように思えるのですよね。実は、もう少し寒くなって霜が降りたらご紹介しようと思っている作品があるのです。でもそれは後日のお楽しみということで、今日はこの作品について。

○こころ
著者:夏目漱石
初出:1914年(朝日新聞)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card773.html
※リンクは青空文庫です

漱石の代表作のひとつ。所謂「エゴイズム」をテーマにしているといわれる作品群の中で、恐らく最も有名なのがこの作品ではないかと思います。多くの方は国語の授業で読んでいる筈。もっとも、教科書に出ているのは抜粋ですので、あれでは作品の後半の概要程度しか把握出来ないのですけれどね。

朝日新聞で連載された当初、この作品は「心 先生の遺書」というタイトルであったのだそうです。表題の通り半分以上が「先生」の遺書で占められており、それ以外の部分は主人公が「先生」に出会い、遺書を受け取るまでの顛末になります。

恐らく大抵の教科書では、この前半部分をばっさりと省略しているのではないでしょうか。鎌倉の海水浴場での出会いくらいは扱っているかも知れませんが、大抵の場合注目されるのは、Kが登場してからの部分だろうと思います。

なるほど、Kを下宿に迎え入れてからの部分だけでも、「先生」の利己心と道徳心の葛藤は充分に読み取る事ができるでしょう。しかし、それだけではこの作品の物凄さは半分も伝わらないと言っても良いかも知れません。

確か国語の授業で習ったところによれば、先生は友人を裏切って自殺に追い込んだことを苦に自殺した・・・というような解釈だったかと思いますが、どうでしょう。なるほど、それは確かにその通りなのですけれど、それは動機の一要素に過ぎません。問題はそんな単純な罪悪感の話ではないのです。

前半部分の半分は、先生という人物を読者に把握させるために用いられています。残りの半分は主人公の郷里での出来事について。やむにやまれぬ事情で先生から引き離された彼は、結局二度と先生に会う事なく、届けられた遺書によってその死を知るのです。

そして先生の遺書のパートが始まる訳ですが、これは新たな物語であると同時に、前半の答え合わせとしても機能します。前半で示された先生の言動のひとつひとつが、この後半の物語によって裏打ちされていく訳ですね。従って、前半のない「こころ」は、重さの半分を失っているといっても過言ではありません。要約としては致し方ないところでしょうけれど、前半あっての後半なのです。

後半の物語も、大抵は割愛される序盤のエピソードが、先生の心理を解明する上で実は大きなキーになっています。なるほど、教わるような単純な動機と解釈してしまうならば序盤は無駄話かも知れませんが、それは誤解というもの。

考えてもみてください、単に恋の鞘当てでちょっと狡く振る舞ったら恋敵が自殺しました、というだけで、普通そこまで追いつめられるでしょうか。

そもそもKは、単に失恋のために死んだのでしょうか。もしそうであったなら、恐らく先生はそこまで追いつめられる事はなかったでしょう。その点については、作中で以下のように明確に指摘されています。
"私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kは正しく失恋のために死んだものとすぐ極めてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易くは解決が着かないように思われて来ました。"

先生は、そうではなかったということに気付いてしまうのです。そして彼は、自分がKと同じ道を辿っているように思い始めました。

このあたりの部分をきっちり読まないと、この物語の本当のものすごさは伝わりません。多くの人が単なるこじれた恋愛ものと決めてかかってしまっているのは、一重にこの要点を知らずにいるためでしょう。

つまり先生は、単に恋の事で親友を裏切ったから、その罪に追いつめられて贖罪のために死のうというのではなかったのです。Kに対する明確な謝罪の気持ちはありましたが、それはそこまでの彼の行動の動機にはなっていても、最後の決定的な動機ではなかったわけですね。

先生のエゴイズムは、遺書の最後にまで明確に現れているように思えます。このことは妻には伏せておくようにというのは、一面では優しさにも見えるでしょう。しかし、本当にそうでしょうか。訳を話せば妻は喜んで先生を許すだろうと、先生自身も認めていたのではありませんか。結局、先生の妻の中に奇麗なままの思いでを残したいというその願望は、他ならぬ先生自身のためのものなのだろうと、私は思います。

一方、「明治の精神に殉死」というくだりを殊更重視する解釈もあるようですが、どうなのでしょう。漱石自身が先生を明治の精神に準えたとどこかで述べているのであればそれで正解なのでしょうけれど、そうでなければその意見には賛成出来ません。少なくとも、私がこれまで読んできた資料には、そういうものはありませんでしたね。

それにしても、この作品はとにかく胃にきます。文章は非常に上手く、読むものを引き込んでくるのですが、それだけに描かれる煩悶や葛藤がまるで自分のものであるかのような気がして、胸がざわついて仕方ないのです。その威力たるや、決して読みにくいわけではないのに、本を閉じる度にどっと疲れるほどでした。

細かな解釈についてはともかく、何れにしても、この作品がたいへんな名作であるという点については、疑問の余地がないように思えます。

OSX10.9 Mavericks

台風一過の青空とはまさにこの事。今日の東京は、実に爽やかな快晴でした。とはいっても空気はとても冷たくて、日差しの強さの割に秋は深まった事を実感させられます。こんな日は是非とも植物園へ出掛けたいものですが、生憎今日は一日中用事でして。

せめてもの慰めは、屋外の用事が多かった事くらいですね。これで室内に閉じ込められていたら、今週は半ばゾンビのようになっていたことでしょう。一週間に一回くらい太陽を浴びさせてくれないとカビますよ、本当に。

とはいえ折角の休日、何もしなかったではいささか物足りません。そんなわけで夕方から、OSのアップデートと買い物を同時進行してみました。
まずは先日発表されたOSX10.9 Mavericksの導入です。こちらはダウンロードが終わったら、後は御任せ。で、その間に吉祥寺に出掛けて、中古のレコードを漁って来ようという訳です。

中古レコードの方は首尾よく完了。本日の収穫は6枚、総額2700円。まぁ上首尾と言って良いのでは。アップデートの方も問題なく終わったようです。帰ってみると無事にMacが立ち上がっていましたので、早速弄ってみました。ちなみに私の環境はMac mini MID 2010です。メモリ等は以下の画像の通り。なお、アップデート前のOSは10.8 Moutain Lionでした。

iOS10.9.jpg

操作感は、全く違和感がありません。ぱっと見は、どこが変わったのか知らんという感じ。ただブラウザを立ち上げてみたりすると、ちょっとフォントの見え方が違ったりと、細かな変更点が分かる気がします。

大きな変更点は、iBooksの追加ですね。ただこのアプリケーション、範囲選択でならグラブでキャプチャ出来てしまうのですけれど、各方面から苦情を言われたりしないのでしょうか。ラノベでも電子版になると1000ページを超えますので、小説をキャプチャする根性のある剛の者は出ないとは思いますが、イラスト集などにとっては脅威でしょう。

その他アプリの動作については、以下のアプリケーションの正常動作を確認出来ました。

1) ScanSnap Manager
2) VLC Ver.2.0.8
3) Pixel Cat Ver.0.3.3
4) Resizeit
5) Parallels Desktop 8.0
6) Intego VirusBarrier Plus 1.1.6
7) Macgo Mac Blu-ray Player 2.8.11
8) Amplitube 3
9) Firefox 24.0

これ以外に、メールやiTunesをはじめ、Apple製のアプリケーションはもちろん問題なく動作しています。常用しているアプリケーションはだいたい問題ないようですね。そうそう、以下の外付けデバイスも正常に動作しました。

1) M-Audio Firewire410
2) Western Digital MyBook Studio II
3) BUFFALO HL-DT-ST BD-RE

Firewire410はお約束の再認識が必要でしたが、これは毎度の事なので特に気にする事もないでしょう。音が出なければ繋ぎ直せば良いだけの事です。使い始めてもう6時間ほどになりますが、いまのところ何も問題は起きていません。

マルチディスプレイ環境の方ではトラブルも起きているようですが、そういったちょっと特殊な環境を構築している方以外ならば、サクっと導入してしまっても良さそうです。とはいっても、最悪の場合に供えて一度フルバックアップをとっておくのが最善だとは思いますが。

さてさて、OSも最新版にしたことですし、あとはDAW環境のアップデートも済ませてしまいたいところですね。でも、今月も予算がちょっと厳しくて。先行投資するべきか否か、悩ましいですねぇ。

FREE FOR ALL

台風は思いのほか大した事もなく、今日の東京は午後からは至って静かなものでした。とはいっても天気は良くありませんし、気温も低くて風邪をひきそう。出掛けるにはあまり向かない一日でしたね。

そんなわけで、今日は結局一日レコードを聴いて過ごしてしまいました。確か先週もこんな感じだった気がして日記を見てみたところ、やはりそうでしたね。先週の土日も部屋にこもってレコードを聴いていたようです。

いつのまにやらCDよりレコードを聴くようになって、気がついたらCD並みに普通にレコードをかけるようになった今日この頃。近頃はとうとうマイベストと言いますか、必ずこれは聴くというパターンができてきたほどでして。というわけで今日も少し、レコードのお話を。

LINK
タイトル  :FREE FOR ALL
アーティスト:Art Blakey and Jazz Messengers

一曲目、"FREE FOR ALL"はちょっとシリアスでドラマチックなイントロがとても印象的な一曲。低く垂れ込めた雲がゆっくりと渦巻く嵐の前の空のような、波乱の幕開けを思わせる冒頭がとにかくかっこいいのですね。

どことなくジャズよりもフュージョンに近いような始まり方をするのですが、それが次第に崩れて崩れて、激しいアドリブへと突入していきます。次から次へと繰り出される各パートのアドリブが続き、締めは嵐のようなドラムソロ、そして序盤のメロディラインが戻ってくるという構成です。

"HAMMER HEAD"は転じてややくつろいだ雰囲気に。華やかな夜の街が似合いそうな、弾むリズムが楽しいジャズらしい一曲です。冒頭のちょっぴりおどけた感じは、どことなくカジノのような場所の映像が似合いそうな気がしますね。

この曲はピアノが結構頑張ります。といっても派手に暴れるのではなく、あくまでくつろいだ上品なアドリブを聴かせてくれるので、それがいっそう落ち着いた夜っぽい雰囲気を感じさせます。

B面一曲目の"THE CORE"は、再びシリアス風味の一曲。暗闇を連想させるかのようなベースとピアノから始まる冒頭が聴くものをすぅっと緊張させ、曲の世界に引き込みます。作曲者は一曲目と異なりますが、シリアス感やアドリブ重視で引っ張る構成はとてもよく似ていますね。

トランペット、サックス、トローンボーンと管が三本入るのがこのアルバムの特徴ですが、御陰で管二本に和音を作らせて一本がアドリブできるため、アドリブ中のバッキングにも迫力があります。ただその分少し込み入りがちで、そのあたりの整理され具合は一曲目の方にはるかに分があるようです。

最後の"PENSATIVA"は突然のリゾート風味。くつろいだ雰囲気に加え、ちょっとうきうきと弾むリズムに、長い音を多用する伸びやかなメロディラインがどことなく明るい日差しを。ピアノの爽やかさは、青い空や風を思わせます。

さしずめ南の島の休日か、さもなくば地中海の海沿いのリゾートかという感じですね。そうそう、潮騒を合わせたらきっと似合うのではないでしょうか。なんだか、古いアメリカの映画に使われていそうな雰囲気でもあります。

このアルバムは、A面とB面であえて同じ構成にしているようです。各面一曲目の雰囲気がどことなくにているというのもありますし、一曲目はアドリブ重視で長く、各パート共に力の入った激しい演奏。二曲目は肩の力を抜いて、くつろいだ雰囲気で・・・というのも各面共通。

但し、A面は二曲ともウェイン・ショーターの作曲であるのに対して、B面は二曲とも別の作曲者です。まるで同じお題で競作をしているようですね。どちらの面も素敵でしたが、あえて勝敗を付けるなら、私はA面の勝利とします。

二曲目はどちらも良い感じでしたが、一曲目で差がつきました。まず、まとまりの良さはA面のウェイン・ショーターに軍配が上がるのではないかと。アドリブを入れて曲を崩していく過程の自然さが見事でした。B面の"THE CORE"はトロンボーンが速いフレーズでちょっと崩れがちなのが痛かったですね。

LP一枚にたった4曲しか入っていないこのアルバム。恐らく各面1曲目の分量がかなりあるのではないかと思います。曲の特徴といい構成といい、なんとなく新しい事を試みているような感じのする一枚でした。
各面の一曲目が非常にエネルギッシュなので疲れている時には向きませんが、少し刺激が欲しい時にはお勧めのアルバムです。

サン・ホセ・オカニャ

手挽きして淹れたドリップコーヒーと、一晩寝かせたカレーでブランチ。なんていうと、なんだかとってもお洒落な週末を過ごしているように聞こえるから不思議ですね。しかもBGMはレコードなんていったら、最高に絵になる組み合わせではありませんか。

しかし、現実はそんなに絵になるものでもありません。まぁコーヒーは絵になるのですけれど、カレーは要するに残り物。肝心の役者が15時間もぐうすか寝ていた無精もので、寝起きのぐしゃぐしゃ頭に髭面ではね。美男子ならばそれでも絵になりましょうけれど、それについては言うに及ばず。

薄暗さも手伝って、今日はどうにも眠くていけません。週中の疲れが出るのはいつものことですけれど、やっぱり気圧のせいかなぁと根拠もなく思ってみたり。
しかしまぁ、折角気合いを入れて起きたのです。折角ついでに何か休日らしい事を、というわけで、ちょっと新しい豆を試してみる事にしました。

2013-10-26
2013-10-26 posted by (C)circias
国籍:グアテマラ
農園:サン・ホセ・オカニャ
煎り:シティロースト

店員さんのお勧めと言うので、また新しい豆を購入。まぁ堀口さんの豆に限って言えば、決定的な外れを引く事はまずないので、そこは安心して任せられます。美味しくない時は大抵、淹れ方が間違っていると言うだけで・・・そうそう、先日のパナマ(コトワ・ダンカン)も、挽きを少し細かくして温度を下げたら、とても美味しくなりましたしね。

今回は前回の教訓を踏まえ、83度から試してみました。挽きはケニアの場合と同じく中挽き、蒸らしは35秒、抽出は二回で。ただ、泡の出方が最後まで派手だったので、もう少し長めに蒸らした方がきっちりと味を出し切れるかも知れません。

まず香りはちょっと複雑です。ナッツ系のまったりとした香ばしさと、素直なコーヒーの甘さを足して二で割ったような。混じり合っていると言うより、二つの香りが同時にするという感じです。カップとの距離でちょっと印象が変わるから面白いですね。

店員さん曰くサッパリ系ということでしたが、なるほど舌触りはたいへん滑らかで、後味もすうっと引いていく感じがとてもサッパリしています。とはいっても、水っぽい感じの味とは違い、密度感は充分にしっかりと。温度が高いうちは豆の癖のような部分が強く、甘さを感じる前に柔らかで複雑な、苦みともコクともつかない不思議な感じがあるのですが、温度が下がって来るにつれこれは落ち着きます。

酸味は中くらいでしょうか。きっちり酸味を感じますが、とりたてて酸っぱいという訳でもなく。甘味とのバランスは半々という感じで。後味は上顎の方に香味が残って、舌に甘味が残ります。ただし、香味も甘味もそれほど長くは居座りません。苦みは、書き忘れてしまうくらい軽いというか柔らかい刺激の少ないもので、むしろ酸味の方が前に出るくらいです。

品種によって合わせるものとの相性が激しかったりするものですが、このコーヒーは万能型のようです。カレーと合わせても渋みや苦みが強調されないので一緒に美味しく頂けましたし、口を漱いでから甘いものと合わせてみましたが、これまた大変美味しく。

どちらかといえばやはり甘いものの方が合いますが、塩辛いものや香辛料の強いものと合うというのは点数が高いですね。幾つもの品種をストックせず、いつも一品でという方には、特にお勧め出来るかも知れません。

温度が下がるにつれ癖がなくなっていきますので、豆の特色を楽しみたいというのであればもう少し高めで淹れてみるのも良さそうです。あとで少し試してみるとしましょう。


野分

台風27号はやや停滞気味のようで、当初予報されていたより進みが遅いように見えますね。週の始めの予報通りであればそろそろ大荒れになっていそうなところですが、台風はまだ遥か南方。先程から、ようやく雨がぱらつきはじめたようです。

それにしても、今月は台風ばかりですね。こんなに連続して台風が来るのも珍しいような気がするのですが、気のせいでしょうか。何れにしても、今年は台風が来ると、何故か体調が崩れるので困ります。今回もすっかり風邪気味になってしまい、鼻水やクシャミがとまらなくて閉口しているところでして。今月はこれで3度目ですよ。

ところで、台風というのは割と新しい呼び方なのだそうですね。かつては、あれを野分と呼んでいたのだそうです。語源については諸説あるようですが、台風という呼び名が用いられるようになったのは、1956年、つまり昭和31年からなのだそうで。

もっとも昔は衛星写真などありませんので、厳密な分類が行われていた訳ではありません。二百十日、つまり九月の頭から冬にかけて吹くとりわけ強い風であれば、どれも野分と呼んで良かったのだそうです。ですから、この作品のタイトルの意味するところも、台風の事であったかどうかは定かではありません。

○野分
著者:夏目漱石
初出:1907年(ホトトギス)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card791.html
※リンクは青空文庫です

かつて教師をしていたある人物と、かつてその弟子であった青年の話。物語はまず主人公の一人、道也先生の過去から始まります。

道也先生はたいへん志の高い教師だったのですが、赴任先ではトラブル続き。といっても彼の方から何かを仕掛ける訳ではありません。金と権力を振り回したがる俗物を歯牙にもかけないものだから、なんとか彼を平伏させようと、俗物の方で色々と仕掛けてくるのです。このあたりは苦沙観先生と金田の関係や、坊っちゃんと赤シャツの関係によく似ていますね。

はじめのうち、彼は教育の力を以て世を正そうと考えていました。しかし、絡まれては追い出されを繰り返しているうち、教師では埒が明かないという事に気付きます。そうして彼は教師を辞め、筆を以て世に訴えるべく上京するのでした。

ここで場面は切り替わって、二人の学生の日常に。一方の中野君はたいへん鷹揚で善良な、お金持ちの子弟。どうやら世話焼き体質のようです。
もう一方の高柳君は極めて気難しくて厭世的な、貧乏学生。日向と日陰のように好対照の二人ですが、何故かそこそこ気が合うようで、いわゆる凸凹コンビを演じます。

実はこの高柳君、かつて道也先生の教え子だった若者でした。といってももちろん良い弟子ではなく、むしろ周囲と一緒になって先生に嫌がらせをして追い出した側。今ではその頃の愚かさを恥じていて、機会があるなら詫びたいとさえ思っています。
彼がそんな風に変わったのには、道也先生を追い出した後に彼自身の身に降り掛かった災難が関係しているのでした。

順風満帆で幸せな日々を送る友人とは対照的に、食べるにも困る日々を送り、やがて病魔に蝕まれていく高柳君。成し遂げたいと思う目標はもちつつも、それに取りかかる事さえ許されない日々に絶望する彼は、道也先生が雑誌に寄稿した論文に感銘を覚え、昔の事は言わないまま、先生を慕って会いにいくようになります。

作品の一番の見所は、終盤に描かれる道也先生の大演説。これが意見として素晴らしいだけでなく、演説としてみても非常に見事なもので、これのみを抜き出して一作品としても差し支えがないとさえ思えるほどです。
というのは、文章として素晴らしい事は勿論、演説の模範的な技法と言いましょうか、いかにして聴き手を引き込むかという技巧的な側面に於いても、この演説は良く出来ているのですね。高柳君がこの演説に快哉を叫んだ事は言うまでもありません。

しかしここで事態は急転します。一方の高柳君はとうとう喀血して倒れ、一方の道也先生は細君と兄弟の計略で窮地に追い込まれるのですが・・・落ちは読んでのお楽しみ、ということで。

全体的に陰鬱な作品で、正しい事が正しいと通らない世の中、道徳よりも金銭や権力を重んじる社会のあさましさに対する鬱憤のようなものが、ひしひしと伝わってきます。
そして、二人には甘ったるいサクセスストーリーなど用意されてはいません。道也先生の意見に社会はむしろ背を向け、高柳君の命の火は次第に衰え、挙げ句二人には危機が訪れるのですから。

しかしそれでいて、この作品には不思議な魅力があるのです。娯楽的な楽しさなどないのに、先を読まずにはいられないのですね。そうして、読み終えた後に残るどうにもならない苦さとともに、深い感銘を受けるのです。
徹底的なリアリズムを追求する漱石だからこその、身も蓋もない物語。しかし、身も蓋もないだけでは終わらせない、その中に垣間見られる美しさや清々しさが深く心に残る作品でした。

これは一面から見ると社会批判の物語であり、俗世の醜さを描いた作品でもあります。一方で、そんな社会の中でも光を放つ人の美しさを描いた作品でもあるのでしょう。それは道也先生の孤高であり、高柳君の悟りと自己犠牲であり、中野君の親切と善良であり。

不思議と知名度は低い本作ですが、私としてはたいへんな名作だと思います。難しい話は嫌だと言う方には、終盤の演説だけでも是非とも読んでみて頂きたいですね。

LIVE AT SWEET BASIL

私が自ら進んで音楽を聴くようになった頃には、既にカセットテープは過去のものになっていました。恐らく私は、CD世代の人間を自称しても良いのだろうと思います。
もっともその背景には、音大講師だった祖父からクラシック以外を禁止されていて、しかも自分もヴァイオリン弾きだったので、子供の時分には音楽は娯楽足り得なかったという、特殊な事情があったのですけれどね。

そのため私は、生楽器を扱う以外はCDの音しか知りませんでした。だから、あの独特の音に何の疑問も持たずに育ったのです。オーディオとはそういうものだ、と。

しかし色々と音楽を聴くようになってみて、幾つか気付いた事がありました。ひとつは、80年代のCDの多くは音が酷くて聞けたものではない、ということ。特に、裏にDDDと書いてあるものは嫌いでした。ADDも嫌、AADならば許す・・・という感じで、当時からそれとは知らず、私はアナログソースとアナログ編集を選んでいたようです。

なぜそんな話をしているのかと言いますと、本日ご紹介するこのLPは、まさかのADAだからです。いえいえ冗談ではないのですよ、本当の話。それが何より証拠には、ジャケット裏の左上に「Digital Mix Down」というマークがありまして。

2013-10-24
2013-10-24 posted by (C)circias

タイトル  :LIVE AT SEWWT BASIL
アーティスト:Art Blakey & The Jazz Messengers

まさかのADA。アナログレコードなのにデジタル編集という珍品です。発売は1985年で、この無意味な試みを敢行したのはキングレコード。当時はデジタルは高音質であるという神話を盛んに喧伝していた時期でしたから、きっとデジタル編集というだけで売りになったのでしょうね。

しかし音質は最悪です。レンジは狭いし変な圧縮はかかっていてスネアはポスポスいうし、キックはモフモフ言っているしで、何がしたかったのかさっぱりわかりません。
そもそも何かおかしいと気付いたのは、小音量なのに妙に耳が痛くなるからで・・・きっと、音を鮮明にしようと思って無理な圧縮でもしたんでしょう。

ちなみにエンジニアも日本人。うん、まぁ日本人らしい所行ではあります。音をクッキリ大きくすれば高音質、響きはリバーブで豪華にすればOKみたいな考え方のエンジニアは現代でもよく見掛けますよね。某社など、クラシックにガッツリとリバーブをかけて、風呂場で演奏したみたいな録音にしてCDを出していましたし・・・生演奏を何と心得る。アツアツの味噌汁で顔でも洗ってくると宜しい。

しかし全くもって惜しい事ながら、演奏はなかなか良いのですよね。一曲目の"JODI"は初めて聞く曲ですが、映画のオープニングのようなドラマチックなイントロが印象的な一曲。映画と言うよりはむしろ舞台でしょうか。

二曲目の"BLUES MARCH"はお馴染みのナンバーですが、ライブなのでやはりその場のノリで演奏を変えているところが興味深い一曲です。やはり聴衆が居る方が乗るようで、粋な捻りが随所に入るため、スタジオ録音のものより楽しく聞けるのですよね。この録音では、ベースの暴れっぷりがなかなか振るっています。

B面一曲目のMR.BABEでは、トランペットとサックスが大暴れ。締めはお馴染みの"Moanin"ですが、イントロのピアノからして、オリジナルとは随分印象が違います。よりルーズにより派手にという感じで、原曲のややカッチリとしたリズム感はどこへやら。ベースやサックスもグリッサンドを入れたりして雰囲気を盛り上げています。

良く知っているスタンダードナンバーの、いつもと違う一面を楽しめる一枚。惜しむらくは、やはりエディットが酷い事ですね。近年ならDAWだけでももっとずっとましなエディットができるでしょう。
言うなれば、最高の食材を最高のシェフが料理してくれたのに、あえて冷凍庫にぶち込んで旧式の電子レンジで解凍したようなアルバムでした。

今後はちょっと気をつけて、ジャケットに"Digital"の文字が入っていない事を確認しようと思います。近年のものならデジタルでも良い録音が多々ありますが、デジタル黎明期のそれは、本当に酷いので。


僕の昔

おはようございます、という時間ではないのですが(以下略)。例によって寝起きですが、さすがにこの時期になると、床で寝るのは無理がありますね。あまりの寒さに2時を回ったところで目が覚めてしまいました。

家に着くまでは大分元気なつもりで、帰りの電車の中も久々に本に没頭したりしていたのですけれど、9時を回った辺りで電池が切れてしまったようで。スマホのように追加のバッテリーを接続出来るものならそうしたいものです。

ところで、昨日は「坊っちゃん」について書きましたが、その中に「清」という下女が出てきましたね。漱石の随筆を読んでいると、その人物のモデルと思しき下女がしばしば登場するのですが、偶然それについての直接的な言及を見付けてしまいました。
というわけで、本日はこの作品をご紹介したいと思います。

○僕の昔
著者:夏目漱石
初出:1907年(趣味)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card1750.html
※リンクは青空文庫です

独白調で語られる、漱石の身の上話。「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」に関わる逸話や、様々な演説筆記等でもお馴染みの漱石の少年時代の話、その後の生活についてなどなどを面白可笑しく紹介します。

「吾輩は猫である」を引き合いに出しつつ語り出す冒頭部分のみは第三者視点。障子の穴から顔を出した猫がニャンと鳴くところまでのテンポの良さは、さすが漱石ですね。言葉のリズムが小気味よく、しかもお馴染みの話題からほんのりと滑稽味を交えて始める巧みさに、思わず引き込まれてしまいます。

「吾輩は猫である」で始めて猫で結んだ冒頭に続くのは、障子の穴から頭を出した猫の話。ここからは漱石の独白です。この猫、もとの家・・・つまり、かの作品に登場したあの家に時折戻っているということからすると、どうやら「吾輩は猫である」の主人公とみて間違いはないでしょう。作中の彼は亡くなっているようですが、モデルの方は健在だったようですね。

家繋がりで漱石の実家の話になり、兄弟や名主だった父親のことが語られます。この中で語られる実家の様子が、「坊っちゃん」に登場する風景に似ているのですね。漱石自身がそれを指摘して、そうかもしれないと認めているのですから、坊っちゃんの生家は漱石のそれがモデルと見て間違いないでしょう。

清について語られるのもここ。漱石の実の両親の家にいたある下女と漱石との関係が、坊っちゃんと清の関係に似ているのだとか。なんでも、坊っちゃんが財布を便所に落としたところ、清がそれをすくい出して持ってきてくれたエピソードは実話なのだそうです。

漱石の作品の中の人物達が妙に生き生きとしているのは、やはり実在のモデルがあったからのようですね。そのため、当時からモデル探しは盛んに行われていました。坊っちゃんの登場人物もまた然りで、どうも当時「山嵐」のモデルと評判されていた人物がいたようなのですが、作中で漱石はこれを否定しています。

なお、「坊っちゃん」に登場する中学生達の様子は、漱石が当時見たままなのだとか。曰く、漱石は坊っちゃんのように暴れたりはしなかったようですが、やはり田舎独特のいやらしい嫌がらせなどはあったようですね。

最後は落語について少し語り、「まあ良いようにしてくれ給え」などと、まるでインタビューのような趣で締めています。でも、これはすべて漱石の書いたもの。いってみれば、自作自演のバーチャルインタビューといったところでしょうか。近年はこういう形式も珍しくありませんが、当時はどうだったのでしょう。

内容は晩年に書かれた随筆に詳しく書かれていることのダイジェストという感じですが、生家にいた下女の事や松山の中学生の事を、直接「坊っちゃん」と結びつけて語っていたりと、なかなか興味深い部分もあります。作品の背景を漱石自身が語った、貴重な資料ですね。

何より「吾輩は猫である」を彷彿とさせる軽妙な語り口は、この頃の漱石ならではの特色。漱石の昔話シリーズの中では、あるいは最も読み易い作品かも知れません。

坊っちゃん

また台風が来るそうですね。26号が通過したばかりだと言うのに、まったく忙しい事です。被災地などまだ片付けや被災者の捜索が続いている筈で、たまったものではないでしょう。しかも今度は27号と28号が相次いで接近してきていると言うのですから参りました。

そういえばこのところ、雨の休日が多い気がしますね。幸いレコード趣味の御陰で、充実した時間を過ごせていますけれど。一方で、読書の方は少しばかり停滞気味。台風が来る度に微妙に体調を崩すので、電車の中で起きているのが辛いのです。

そんなこんなでふと気がつくと、もう一週間以上も漱石の話をしていませんでしたね。まぁ期待されてもいないかも知れませんが、このほどようやく一冊読み終える事が出来たので、今晩はそのお話でも。

○坊っちゃん
著者:夏目漱石
初出:1906年(ホトトギス)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card752.html
※リンクは青空文庫です

漱石の代表作のひとつ。松山で中学校の教師をしていた時の経験が題材になっているという逸話は、あまりにも有名ですね。物語の筋を一言でまとめてしまうと、ある疳性で無鉄砲な主人公が教師になり、赴任先の松山で悪徳教師に鉄槌を下して東京に帰るまでのお話です。

物語を彩るスパイスは実に大衆的なもので、喧嘩、痴情のもつれ、義理人情などなど。分かり易い陰険な悪役に鉄槌を下して颯爽と引き払う豪快さが受けたのでしょう、漱石の作品の中でもとりわけ大衆受けの良い作品であるといわれています。

ただ、それはあくまで物語の表面的な要素。その派手な物語の中に散りばめられたもう一つの要素に目を向けてみると、これほど異色に見えるこの作品も、やはり一本筋の通った漱石ならではの作品であるように思えます。

恐らくこの作品で最も重要なのは、「清」と呼ばれる主人公の生家にいた下女でしょう。なるほど確かに物語の大半の部分は松山でのドタバタ劇ですが、物語は清に始まって清に終わるのです。しかも、作中何度も主人公が清に言及するのは、恐らく単なる里心の表現という訳ではないでしょう。

真っ直ぐなものを良いと評し、正しいものは偉いと決めてかかる清は、穏やかであるというだけで主人公と本質的には何も変わりありません。そうした美しい人格と対比して描かれるのが、松山の中学校で跋扈する陰湿で悪賢い教師と生徒達。その徹底した卑劣ぶりと、「生意気な余所者」を叩いてちっぽけな自尊心を満足させようとする卑屈な集団心理は、吐き気がするほどにリアルです。

それは決して当時の田舎だけに限った話ではなく、現代の社会にも普通に見られる醜さではないでしょうか。学校や会社などといった閉じたコミュニティの中で派閥を作って喜んでいるような人間は、だいたいこの松山の人間達の行動に覚えがある筈です。

最初のうち、主人公は清を馬鹿な奴だと思っています。ところが、松山での体験を通して彼の考えは少しずつ変化して行くのですね。最終的に彼は、どんなに賢くても卑劣な人間より、どんなに馬鹿でも清のように正しさを重んじられる人間の方がよほど価値があるのだ、ということに気付きます。そうして彼は、もう一人の馬鹿とともに馬鹿を貫いて、東京へと凱旋するのです。

以上の事からこの作品のテーマは、「人の価値は人格で決まる」ということではないかと思うのです。これは、漱石のあらゆる作品や演説内容に共通する主張でもありますね。大衆的なエッセンスでくるんではありますが、表面的な喧嘩上等の物語が骨子であろう筈はありません。そうでなければかなりの分量を占める、登場人物の人格についての考察シーンは不要だからです。

子供の頃はこういう部分が全然分かりませんでしたので、「坊ちゃん」とは単なるドタバタ劇であるというのが私の認識でした。そのため私は、この作品はあまり好きではなかったのですよね。でもこうして改めて読み直してみると、やはり幼い子供には見えないものが見えて来るものです。

ところでこの作品、漱石の松山時代が下敷きになっているのは間違いないようですが、書簡や記録を見る限りにおいて、当時の漱石は別に生徒や教師と激しい抗争を繰り広げていた訳ではないようです。

当時の漱石はいたって淡々と教師の仕事をこなしており、一時は正岡子規を下宿の一階に住まわせたりもしていました。そのため、この作品は当時を知る高浜虚子などからは、だいぶ驚きをもって受け止められたといいます。

まぁ表面上のトラブルはなかったものの、あるいは陰湿ないじめはあったのかも知れませんね。子規の子供時代の話を読むと、なんだかありそうな話だという気がします。なにしろ現代でも、似たような話はいくらでもあるのですから。


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