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日々の便り

 

夏の小半日

暑いですね。気温26度、湿度60%というのはそれほど不快である筈もない条件なのですけれど、寒かったり暑かったりで気温が安定しないのと無風であるのとで、実際の気温以上に不快感を感じます。というか、熱が体の中に籠ってしまっているようでして。そろそろ扇風機を出した方が良いのかも知れません。

試しにサーキュレータを動かしてみたところ、それまでの暑さが嘘のように快適で。近距離で直接風を浴びなくとも、空気が動いているというだけでこんなにも感覚が違うものなのですね。まぁこれもまた、物理学的には殊更言うまでもない当然の事なのでしょうけれど。

やれ科学だ物理学だと言うと、なんだか堅苦しい縁遠いものに感じてしまうものですが、実はこういった身近なところにも、それの実例を体験出来る事柄は数多く転がっているものです。そういえば寺田寅彦は、しばしばその随筆の中で、こういった話題を取り上げていました。例えば今日ご紹介するこの作品も、そういった作品のなかの一つでしょう。

○夏の小半日
著者:寺田寅彦
初出:1918年(ローマ字少年)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card43034.html
※リンクは青空文庫です

海辺で観察出来る物理現象について解説した、子供向けの作品。掲載誌が「ローマ字少年」であることや、寅彦にしては珍しく語調がですます調であることから、それなりに年齢の低い子供のために書かれた作品であろうことが伺えます。とはいってもそこは寅彦の作品ですから、決して幼稚な内容にはなりません。むしろ導入の議論などは、子供よりもその教育者である立場の人々に読ませるべきなのではないかと思える内容です。

冒頭で寅彦は、物事の上っ面を「ただ見る」だけで何も得ない人と、観察力のある人を対比して、次のように述べました。

“それで観察力の弱い人は、言わば一生を退屈して暮らすようなものかもしれません”

いい歳をして思春期を卒業出来ず、現実世界が退屈だの下らないのと厨二病的な発言をして自分に酔っている恥ずかしい人間が多い昨今、こういう手厳しい意見がメディアに載る事は極稀になりましたね。しかし、実際くだらない退屈な存在であるのはそういう人間の方であって、この世界ではないのです。寅彦はこのように鋭い指摘を放った上で、少年達が夏休みに訪れるであろう海辺で何を観察したら良いか、そのヒントを与えて行きます。

寅彦がまず注目したのは、波でした。波の「仕事」を有効活用する試みは当時からあったそうですが、当時はまだ芳しい成果は得られていなかったのこと。昨今は波力発電の試験なども行われていますが、相変わらず困難は多いようで、未だ「活用されている」というレベルではありませんね。なかなか難しいテーマのようです。

次いで寅彦は、波の運動について少し解説します。波というのは伝播するものであって、水そのものが移動していくわけではないのですが、ここを勘違いしている人は現代でも多いようですね。これは漫画などの創作物に見られる誤解が、そのまま人々に信じられてしまっているせいもあるのでしょう。恐らく、大波を鉄砲水と同じものと考えている人の方が多いのではないでしょうか。根本的に違うのですけれど。

波繋がりで次に登場するのは、引き潮の際に砂上に出来る波模様。これは盥と水と砂で、簡単に再現実験が出来るそうで、寅彦もその方法を記しています。子供の夏休みの自由研究には丁度良いテーマかも知れません。

さらに寅彦は、波打ち際の湿った砂を踏んだとき、一瞬だけ足跡の周囲がすうっと乾いて、また湿った状態に戻る現象についても解説します。恐らくこれは、理由を知らないどころか、気付いてもない人の方が多い現象でしょう。ちなみにこれは、湿った砂を握りしめると一瞬だけ硬くなり、すぐにダラダラと崩れてしまうあの現象と同じものなのだそうです。これも、自由研究のテーマには良さそうですね。

最後に寅彦は、海辺の風の働きについて少し触れ、まだまだ海辺には面白い物理現象が存在する事を指摘しつつ、話を結びます。作品はたった十数ページの短いものですが、その内容は実に盛りだくさん。中には私達大人でも知らない事柄が幾つも書かれており、目から鱗が落ちるようです。成る程、寅彦のように身の回りの全てを観察し続けたなら、確かに退屈する閑などないでしょう。

日頃私達がいかに何も見ていないか。そして、私達が見ていない世界が、どれほど面白いかという事を、ほんの少し教えてくれる、子供向けとは思えない意義深い作品でした。



伊香保

あれよあれよという間に一週間以上が過ぎ、気がつけば本日は水曜日。月曜は夏至だったとかで、いつのまにやら暦の上では夏本番のようです。とはいっても、日中こそ暑くなるものの、夕方以降はまだまだ涼しい日が続いており、その心地良い気温差が猛烈な眠気を誘う訳で・・・抵抗空しく轟沈する事を繰り返していた今日この頃。今晩もそろそろ旗色が悪くなって来ました。

いやもう、とにかく眠い。春眠暁をなんとやらと言いますが、あれは日中眠いのに対して、この時期はその睡魔がまとめて夜に来る感じですね。先程、目覚ましにと目薬をさしてみたのですけれど、どうやら効果はあまり芳しくないようで。そんな毎日を送っているものですから、特にこれと言って話題もありません。かといってあまり長い事ブログを更新しないのもどうかと思いますし・・・というわけで、困った時の文学頼み。今日はこの作品のお話でも。

○伊香保
著者:寺田寅彦
初出:1933年(中央公論)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card4653.html
※リンクは青空文庫です

寅彦の伊香保旅行記。内容は専ら、煩っていた神経衰弱と胃潰瘍の療養のために訪れた、伊香保での出来事です。実は寅彦にとって、伊香保行きにはちょっとした因縁がありました。作品の冒頭の記述によると、この数年前にも一度伊香保に行こうとした事があるらしいのですが、その時は上野で旅費をスリに盗られてしまい、結局伊香保には行けなかったのだそうで。

何やら不穏な回想で始まった伊香保旅行でしたが、果たして今回もまた、彼の伊香保行きは序盤からトラブルに見舞われました。何かと言うと、予定していた宿が取れなかったのです。これは専ら自称伊香保通の知人がいい加減な事を言ったのが悪いのですが、すっかり意気消沈した寅彦は、早速帰京を選択しそうになります。しかし、同行者の勧めで考え直し、宿を探す事しばし、ようやく「M旅館」に部屋を取る事ができたのでした。

続く記述を見ると、どうやらこの「M旅館」は三階建てで、山の斜面に建っていたようですね。しかも、側に階段があって、その終点が伊香保神社だったということですから、次の観光地図で見るところの中央付近のどこかにある宿だったのかも知れません。もっとも、当時の宿が現在まで続いている保証もありませんので、現在の地図から彼の泊まった宿を見付けるのは無理でしょうけれど。

http://www.ikaho-kankou.com/module/images/maps4.pdf

寅彦はその階段を上り切り、右手に折れて湯元まで行ったということですから、今でいうところの伊香保温泉飲泉所あたりまで行ったのでしょう。その頃にはもう日も暮れかけて、残光に照らされた雑木林が美しかったと寅彦は記しています。ところで、彼はここで豊かに沸き出す温泉の余り湯が、惜しげもなく渓流に捨てられているのを目の当たりにし、一方で湯量不足で苦労している温泉もあることを思い出して、次のように述べています。

“生きてゐる自然界には平等は存在せず、平等は即ち宇宙の死を意味する。いくら革命を起して人間の首を切つても、金持と天才との種を絶やすことは六かしい”

いつも自然界を冷静に観察している、物理学者らしい手厳しい意見ですね。妙なイデオロギーに凝り固まった思想屋さんには、彼の爪の垢でも煎じて飲んで頂きたいものです。平等だの公平だのが持て囃されるのはいつの時代も同じですが、大声を張り上げるしか能のない人々の言うような平等など、世界にとっては害悪でしかありません。それにしても、こうして当時流行りの思想に対してさらりと毒を入れて来る辺り、寅彦らしいですね。

さて、寅彦が宿に戻ると、宿は団体客で溢れ返っていました。その騒々しさは相当なものだったようですが、やがてその喧噪が静まると、今度は門前のカフェから蓄音機の音が流れて来ます。しかし、この音は寅彦にとって、やや情緒のあるものに聞こえたようですね。同じ蓄音機でも、客の蓄音機は騒音でしかなかったのは、それが場の雰囲気に溶け込んでいたか否かの違いなのでしょう。

翌日は榛名湖見物のためにケーブルカーに乗ろうとした寅彦でしたが、あまりの人混みに中てられて体調を崩してしまいます。仕方なく彼は予定を変更し、反対方面の七重の滝を訪れました。滝周辺ではのんびりとした空気を楽しむ事が出来た寅彦でしたが、宿に帰ると再び団体客の大騒ぎに遭遇。

寅彦によると、百数十人からの団体客がうろつく足音は、数時間に渉り太鼓の連打のように響き、その振動は部屋を揺らし続けていたそうです。あまりのことに彼は、思わずどうしてそんなにも足音が続くのか、人数と歩数から1秒当たりの振動数を計算してしまったほどでした。とはいえその大狂乱も、午後四時には治まります。団体客が去った後の旅館は、嘘のように静まり返ったのでした。

その晩と翌日は静かに過ごす事ができた寅彦は、帰る頃にはすっかり調子が良くなっていたそうです。曰く、「読まず、書かず、電話がかからず、手紙も来ない」のが胃にも頭にも良かったとのこと。このあたりは、現代人も大いに共感出来る部分でしょう。正直なところ、休日にはあまり電話やメールに煩わされたくはありません。まぁ一方で、偏執的なまでに携帯に執着する人も居るのですが。

最後に寅彦は、ある科学者が弟子に語った言葉を紹介します。曰く、行き詰まった時には何でも良いから、別の何かをしてみると良い、とのこと。つまり、今回の伊香保行きは寅彦にとっての「何か」になったというわけです。そして彼は、旅行中の彼を散々辟易させた騒音の原因である「東京音頭」もまた、それを行う彼等にとっては「何か」なのだろうと述べて、話を結ぶのでした。

作品中、静養したい寅彦と羽目を外したい団体客の行動は、常に対立する関係として描かれています。実際寅彦にとって彼等は迷惑千万な存在だったでしょうし、その下品な行動の数々は擁護のしようがないように思えます。しかしそこで感情的に下品な大衆を批判するのではなく、冷静に客観的な観察を記すに留め、最後に彼等の心情にも理解を示す辺りは、さすがは寅彦と言ったところでしょうか。

神経質な寅彦、皮肉屋な寅彦、風流な寅彦、そして冷静な研究者としての寅彦。寺田寅彦という人物の様々な側面を読み取る事が出来る、興味深い旅行記でした。

クロヒカゲ

引き続き、昨日の高尾山行きのお話を。昨日一番のトピックは間違いなくアサギマダラでしたが、実はもうひとつ、初めての蝶の写真を撮る事ができたのです。まぁ厳密に言うなら、見るのは初めてではなかったのですけれど、それが地元では見られない種だという事を認識したのが昨日だった、ということなのですが。その蝶というのがこちら、クロヒカゲです。

クロヒカゲ
クロヒカゲ posted by (C)circias

クロヒカゲはヒカゲチョウやジャノメチョウの仲間で、パッと見た感じはヒカゲチョウ、コジャノメまたはヒメジャノメに似ているのですが、良く見ると羽の色と模様が違います。この蝶は稲荷山から景信山へ至る縦走路のどこでも見る事ができるのですが、飛んでいると細かい事は分からないので、てっきりヒカゲチョウかコジャノメあたりだろうとばかり思っていたのですよね。ちなみに、ヒカゲチョウと言うのはこちら。

ヒカゲチョウ
ヒカゲチョウ posted by (C)circias

こうして比べてみると、なるほど確かに「黒」ヒカゲですね。比べなければ分かりませんが、ヒカゲチョウをそのまま黒っぽくして、前翅先端の波形から先の色をさらに白くしたような、そんなカラーリングの蝶です。クロヒカゲは前述の通り高尾山のどこででも見る事ができるのですが、近縁種の他の蝶と生息域が被っているため、紛れてしまってそれとは気付かずに居ました。さて、ついでなので、コジャノメも一緒にご紹介しておきましょうか。

コジャノメ
コジャノメ posted by (C)circias

良く見ると全然違うのですが、どれも専ら暗がりをふらふらと飛ぶ蝶ですし、そもそも顎が出て余裕がない状態で見るものですから、なかなかその違いに気がつきません。まぁそんな訳で色々勘違いをしていたのですが、景信山の帰りに立ち寄った城山山頂で、テーブルに落ちて潰れた桜の実の汁を吸いに来たクロヒカゲを見て、ようやく前翅の先端の違いから、これが知らない種だと気がついたのでした。

クロヒカゲ
クロヒカゲ posted by (C)circias

パッと見はこの通り酷く地味な蝶なのですが、しかし、よくよく見るとこの眼状紋周辺の色合いといい、前翅の波紋といい、普通のヒカゲチョウよりは奇麗ですよね。山でしか見られない蝶だと気付いていなかったため、これまでは何度見掛けてもカメラを向ける事はなかった種なのですが・・・今度高尾山に行く時は、積極的にカメラを向けてみようと思います。

アサギマダラ

予報通りなら今日は雨だった筈なのですが、降っていたのは明け方まで。8時頃にはすっかり雨も上がり、誰がどう見てももう降らないだろうという空模様になったところで、予報の方も雨のち曇りと改めたようです。相変わらず使えませんね、気象庁。研究費はともかく、職員給与は思いっきりカットしてしまって良いのではないでしょうか、ここまで何の役にも立たないのに高給取りとか有り得ませんよね。

そんなこんなで少しばかり家を出るのが遅れてしまいましたが、今日も予定通り高尾山へ行って来ました。道中も電車が止まったり遅れたりと色々あって順調ではなかったのですが、とりあえず午後1時前には高尾山山頂に到着。時間が押していたのでそのまま奥高尾へ進もうとしたところで、ふと左手の木の上に、見慣れない大きな蝶が居る事に気がついたのです。

アサギマダラ
アサギマダラ posted by (C)circias

羽の裏から見ると、青っぽい白地に臙脂の模様が入った、とても美しい蝶です。高尾山のパンフレットにも載っていましたが、これはあのアサギマダラで間違いないでしょう。アサギマダラはこの木の花の蜜にやってきたようで、しばし枝の上で動き回った後、枝にぶら下がるような感じで蜜を吸い始めました。

アサギマダラ
アサギマダラ posted by (C)circias

上の写真の姿勢だと、羽の表がちょっぴり見えますね。花の蜜を吸っている間、アサギマダラはほとんど羽の表を見せてくれなかったのですが、一枚だけ、羽ばたいたところを偶然捉える事が出来た写真がありますので、ご紹介します。アサギマダラの羽の表は、こんな感じ。

アサギマダラ
アサギマダラ posted by (C)circias

日陰の上に逆光なのでちょっと分かりにくいですが、要するに前翅は白地に黒、後翅は白地にエンジという、凛々しい感じのカラーリングの蝶なのですね。飛ぶ時はあまり羽ばたかず、ゆったりと羽を広げて優美に滑空するので、飛んでいる時にはこの美しい羽の表を良く見る事ができるのですが、いかんせん撮るのはなかなか難しいのです。

アサギマダラ
アサギマダラ posted by (C)circias

撮影場所も日陰だったのですが、幸いにもこの時間帯は太陽が出ていたので、シャッター速度で困る事はありませんでした。それにしても、こういう時には300mmの有難さが身にしみますね。このレンズがなかったら、さすがにこんなに大きく撮影する事はできなかったでしょう。

アサギマダラ
アサギマダラ posted by (C)circias

最後は、本日のベストショットを。羽のエンジが一番奇麗に出た一枚です。撮影場所が暗いので他の写真ではエンジが黒ずんで見えますが、本来はこれくらい明るい色なのです。これでISO1000でなければ最高だったのですけれど、さすがにそう贅沢も言えませんね。撮れただけでも満足するべきでしょう。

さて、アサギマダラとの思わぬ遭遇の御陰で、高尾山山頂で30分も使ってしまったため、このあとの時間がかなり厳しい事になってしまったのですが、どうにかこうにか景信山まで行って来る事が出来ました。アサギマダラは城山山頂でも見掛けましたが、今日の景信山はもやがかかっていたせいもあり、そもそも蝶はほとんど見られず。もしかすると居るのかも知れませんが、見る事は出来ませんでした。

それにしてもアサギマダラって、本当に奇麗ですね。アゲハも奇麗な蝶ですが、そういった街に居る蝶の美しさとは一線を画した、なんとも高貴なイメージのある蝶です。そもそも、羽の白い部分からして、ただの白ではないのですよ。滑らかで潤いのある、やや青みがかったあの白。一度見たら忘れられない独特の色合いです。

できることならもっと条件の良い日に撮影したいものですが、また会えるでしょうか。二週連続になってしまいますが、こうなったら来週も行ってみても良いかも知れませんね。

浅間山麓より

箱根やら屋久島やらと火山関係のニュースが続くと思ったら、今度は浅間山の警戒レベルが引き上げられたそうですね。なんでも5年ぶりなのだとか。思えば私が子供だった頃にも小噴火があった気がしますし、母が若い頃はそれこそしょっちゅう火山灰が降っていたとか。これが寅彦の居た頃になりますと、小爆発くらいは当たり前だったようで。このところだいぶおとなしかったので少し驚かされましたが、あの山にしてみればいつものことなのでしょう。

縁あって、あの山の周辺には何度も訪れた事があります。主に子供の時分のことになりますが、見慣れた関東の風景とはだいぶ違う荒涼とした景色や空気の臭いは、未だに忘れていません。数少ない楽しい思い出の残る土地だからでしょうか、とんとご無沙汰になって久しい今でも、浅間と聞くと妙な懐かしさと言うか、自宅に感じるような親しみを感じるものです。

ところで、浅間山と言えば寺田寅彦。恐らくは研究の関係であろうと思われる場合と、明らかに観光目的で訪れている場合と二通りありますが、浅間山周辺を訪れた回数はかなりの数になるようです。そして筆まめな彼の事ですから当然、浅間山やその周辺の土地にまつわる随筆を多く残しているわけでして・・・というわけで、今日はこの作品をご紹介したいと思います。

○浅間山麓より
著者:寺田寅彦
初出:1933年(週刊朝日)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card42255.html
※リンクは青空文庫です

家族とともに浅間山麓に旅行に出掛けた時の様子を綴った作品。旅行記と言っても良い内容で、半ば日記的に旅行の様子をレポートしています。特に印象的なのはその冒頭の文章で、そこだけ抜き出すと、まるで小説のよう。使い古された文学的・詩的言い回しなど一切使わず、ただ写実的に、それでいて絵がありありと浮かぶこの表現は、この部分だけでも一読の価値があると思います。

“真夏の正午前の太陽に照りつけられた関東平野の上には、異常の熱量と湿気とを吸込んだ重苦しい空気が甕の底のおりのように層積している。その層の一番どん底を潜って喘ぎ喘ぎ北進する汽車が横川駅を通過して碓氷峠の第一トンネルにかかるころには、もうこの異常高温層の表面近く浮かみ上がって、乗客はそろそろ海抜五百メートルの空気を皮膚に鼻にまた唇に感じはじめる。”

抜粋:: 寺田寅彦. “浅間山麓より”。

私が特に惹かれたのは、「その層の一番どん底を潜って喘ぎ喘ぎ北進する汽車が」の部分。ここまでのたった二行の文章で、真夏の山を行く蒸気機関車を俯瞰した映像が眼前に浮かんでくるのは、私だけでしょうか。端的で簡潔でありながら、光や音や臭い、そして温度に至るまで。空気感がそのままに再現されているように感じました。

ただ表現力があるというだけでなく、ここの部分はとてもリズムが良いのですよね。バリトン気味の渋い男性の声でゆっくりと朗読したら、耳に快いであろうことは間違いありません。ついでにSLの走行音などバックに流したら良いのではないでしょうか。ラジオ番組で、こういう企画でもやってくれないものかなぁとつくづく思います。それくらいに、ここのところが好きで好きで仕方ないのですよ。

さて、寅彦は沓掛駅で汽車を降り、星野温泉で宿を取ったようです。これは寅彦の定番コースのようですね。というのも、他の作品にも度々登場しますから。宿に着いた寅彦は、まずは家族とともに宿の裏山を散策し、ついで自動車に乗って鬼押出しを見物に出かけたようです。道中、寅彦は道路脇に見える地層に注目し、その色の違いの原因について考察しました。

このとき寅彦が通った有料道路と思しき道路は、私が子供の頃も相変わらず有料だった筈です。彼はその先に延々と広がる火山灰の台地の眺めの壮大さについて書いていますが、確かにあれは見物でした。見渡す限りの火山灰と灌木の大地、振り返れば浅間。足元には濃い灰色の火山灰と火山礫という環境で、ある種現実離れした感覚を味わう事が出来ます。もし訪れる機会があったら、是非一度見ておく事をお勧めしたい場所ですね。

寅彦は、鬼押出しについても少し書いています。この場所は本当に独特の景色でして。分かり易く言うと、指輪物語に出てくるモルドールを明るくしたような感じ、とでも言いましょうか。ここで偶然知り合いに出会った彼は付近にある洞窟内の冷泉を見物し、峰の茶屋から浅間山を眺めてから星野温泉へ戻ったそうです。

この日は余裕あり気にしていた寅彦でしたが、翌日はひどい筋肉痛で階段を上るのがキツかったのだとか。若い頃には平気であちこちの山を登って歩いていた筈ですが、歳には勝てないといったところでしょうか。そのせいかどうかは分かりませんが、翌日は星野温泉の宿でのんびりと過ごしたようです。

最後に寅彦は、宿の周囲の動植物についての観察を記しています。ここでアヒルが登場するのですが、このアヒル、恐らく他の作品でも登場していた個体なのではないでしょうか。とするとこの作品以降、彼はこの宿の常連客になったという事なのでしょう。

特に何が起こるでもない平凡な旅行記ではあるのですが、寅彦ならではの観察と表現は、あの土地の景色や雰囲気を写実的に感じさせてくれます。特に浅間山周辺の土地に馴染みのある方ならば、その風景をありありと思い浮かべる事ができるでしょう。私にとってはとても懐かしい、山麓の空気の臭いを思い出させてくれる作品でした。

挑戦、そして新記録。

おはようございます。今朝は久方ぶりに、電車の中で記事を書いています。只今6:16、乗り換えも終わり、あとは駅に着くのを待つばかり。慌しすぎる朝の時間で、唯一一息つけるのは、このわずかな時間だけですね。

それにしても、今朝は過激でした。なにしろ起きたのが5:40だったのです。普段ならその時間でもまだなんとかなるのですが、昨晩は過労で倒れたので風呂にも入っておらず、なんの準備もしていないのにこの時間。一瞬諦めかけましたが、駄目元で烏の行水に挑んでみました。

すると意外にも、今朝は入浴と洗顔をたったの8分で完了できたのです。着替えと準備も諸々込みで15分、デッドラインの6:00まで5分の余裕が出来ました。どうやらいつの間にか、烏の行水スキルのレベルが上がっていたようですね。別に嬉しくもありませんが。

とはいえ、お陰で軽めの朝食を済ませられたのは幸いでした。ヤマザキのパンケーキを半分と、烏龍茶を半カップ程度のものではありましたけれど。風呂は素早く入れても、咀嚼と嚥下はそうスピードアップ出来るものではありませんしね。鵜呑みして胃を壊すくらいなら、食べないほうがマシですし。

不思議なもので、たったこれだけの事でも、幾分人間らしい生活を出来ているような気分になれるものです。ただひたすら働いて、電池切れで気絶して、充電もそこそこに飛び出すような毎日ですが、ここまで余裕がないと逆に悩みも無くなるからおもしろいもので。

携帯電話と四六時中睨めっこして、仮想空間の人間関係に悩みまくっている暇人達と私とで、果たしてどちらが幸せなのだろうかと、たまに思いますね。それを使いこなせない者に与えられる余裕など、一種の呪いの類なのでは。

しかし不思議なもので、それを使いこなせる人間は大抵多忙であり、使いこなせない人間は大抵暇なのです。世の中とは上手くいかないもので。

なぜこんな話になったかと言いますと、実は最近、身近にそういう無駄を極めた暇人さんがおりまして。深刻ぶってる暇があったら少しは仕事しろと。まあ世の中にはそんなことに文字通り命をかけてしまう人もいるようですから、むしろ世間的にはあれが多数派なのかも知れませんけれど。ただ、どうやら本人達も楽しくないようで、ならば尚更なぜ続けるのか分かりませんね。

といったところで、そろそろ駅のようです。それでは皆さん、良い1日を。

iOS8.3の罠

いやはや参りました。つい先日iOS8.3にアップデートした直後から、充電中にiPhone4sが無意味に再起動を繰り返す現象が発生しまして、一旦は何故かおさまっていたそれが、今日になって再発したのです。正確には、昨夜ですが。これが発生すると、iPhoneが10分間隔くらいでひたすら再起動し続けるのですが、起動時にバイブレーションをかけるものだから、鬱陶しい事この上ないのですね。正直、やかましくて寝られません。

設定をリセットしても強制リセットをかけても、メモリを解放してもだめ。勿論再起動も通用せず。というわけでとうとう工場出荷時の状態に戻し、ある程度環境を復活させたところで現在に至ります。所要時間は4時間。なまじ容量が大きいものですから、古いMacMiniとUSB2.0のコンビネーションに散々時間をとらされてしまいました。

さて、これで再起動現象が直っていれば良いのですが、駄目だったらどうしてくれましょうかね、これ。安眠を妨害されまくった上にここまで時間をとらされては、さすがに私も頭に血が上ります。いっそ踏みつぶしてしまおうかと何度思った事か。せめてこのいやらしいバイブレーションだけでもキャンセル出来れば、好きなだけ再起動だろうが暴走だろうが、していてくれて構わないのですけれど。

それにしても、ジョブスの体調が悪化した辺りから言われ続けていますが、一頃のApple品質が顕著に失われて、また昔のヘタレAppleに戻りつつありますね。短い栄光だった・・・なんて言われる事にならなければ良いのですが。

THE RUMPROLLER

今日の東京は、晴れ2割曇り8割という感じの、なんともハッキリとしない天気でした。気温の方も昨日に引き続き4月並みだったようで、長袖でないと寒いくらいでしたね。まったく、5月から7月の陽気だったというのに、6月に入った途端4月の陽気とか、一体どうなっているのでしょう。まぁ愚痴ったところで始まらない事ではありますけれど。

天気の方がそんな有様でしたから、今日は歯医者に行った以外、これといって何もない一日でした。一応野川へは行ったのですけれど、何しろ天気が天気でしたし、これといって珍しいものも見ませんでしたし。強いて何かした事を挙げるとするならば、帰りにダイソーで細々と仕入れて、部屋を少し整理したり服を修理したりしたことくらいでしょうか。

そんなわけでこれといって書く事もなく、どうしたものかと考えていたところ、ふとレコードプレーヤが目に留まりました。そういえば、ここ二ヶ月ほど音楽を聴いていませんでしたね。なにかと精神的にも体力的にもギリギリの毎日だったので、すっかりご無沙汰になってしまっていました。

音楽自体は大好きなのですけれど、音楽を聴くと体力を消耗するので、バテていると駄目なのですよね。最近はテレビの音も辛いので、人工的な音のある場所からは、逃げるようにしていたくらいです。でも、今日は何もしませんでしたし、体力は余裕。ならば久々に一枚聴いてみようという訳で、このアルバムをかけてみました。


The Rumproller
タイトル  :THE RUMPROLLER
アーティスト:LEE MORGAN

レコードを取り出してみてまず思うのは、収録時間が短いな、ということ。大抵のLPはかなり内側まで溝を切ってあるものですが、このアルバムは両面とも1/3くらいは盤面を余らせています。収録曲数はA面が2曲、B面が3曲。A面の2曲は少々長めなので、時間が半端になってしまったのかも知れませんね。

一曲目は表題曲の「THE RUMPROLLER」。速歩きくらいのペースで淡々と刻む煌びやかなピアノの伴奏の上で、トランペットが奔放に動き回るタイプの曲です。序盤はちょっと「ちょい悪(死語)」という雰囲気がありますが、それ以外の部分はむしろ明るめのお洒落な感じとでも言いましょうか。市内循環バスのようなペースの遅い乗り物に乗って、賑わう市内をずっと眺めているようなイメージの曲です。

ただ、曲が始まってまず感じるのは違和感でした。これまで聴いて来たリー・モーガンの作品はどれも音が非常に伸びていて力強く、一切迷いなしに突っ走っているような若々しい印象だったのですけれど、この作品ではそんな慣れ親しんだモーガンの音が鳴りを潜めています。リズムもなんというか、「スパッ」とジャストなタイミングにこないことがままあり、どことなく煮え切らないのですよね。

何度も聴いていると慣れてしまうので次第に違和感を感じなくなりますが、例えば「CANDY」を聴いた後でこのアルバムを聴いたなら、その印象のあまりの違いに驚かれるに違いありません。そのくらい音に勢いがないというか、何かを確認しながら微調整を繰り返しているかのような印象を受ける音でした。

二曲目の「DESERT MOONLIGHT」はそのタイトルから連想される通り、ややオリエンタルな雰囲気の漂うメインテーマが印象的な曲です。序盤は静かに控えめに、深夜の静けさを思わせるような感じで。強弱の差の大きな曲ですが、弱いところの音が、やはりなんというか落ち着きません。しかし展開していつものジャズ風味のフレーズが表れると、音が安定して聴き易くなります。

ところで、この哀愁漂うメインテーマの部分は、なんと日本人の作った童謡なのだそうです。作詞は加藤まさを氏、作曲は佐々木すぐる氏で、大正期の作品なのだとか。これをリー・モーガンがジャズ化した訳ですが、何故かクレジットは彼のものになっていますね。一体どういう経緯で彼がこの曲を知ったのか、そのあたりのエピソードが気になるところです。

B面一曲目は「ECLIPSO」。ソシアルダンスに使えそうな、明るくリズミカルな一曲です。この南米風のリズムはサンバでしょうか。忙しく動き回る主旋律の熱気は、明るく乾いた景色を連想させます。日干し煉瓦やサボテン、コバルトブルーの明るい空が似合いそうな作品でした。この曲は、リー・モーガンのオリジナルのようですね。

続く「EDDA」は躍動感溢れるアップテンポな一曲。テンポはかなり速い作品ですが、疾走感ではなく躍動感になっているのは、三拍子の御陰でしょう。ゆらりゆらりという三拍子独特のリズム感が、ジャズ独特のスウィングによってさらに強化され、心地良い踏み込みの加速感を与えてくれます。この曲はピアノが都会的な雰囲気を醸し出していますね。近代的な都会の風景(但しアメリカの)が似合いそうです。

最後は「THE LADY」。甲高いミュートトランペットの音色で始まりますが、これがなかなか良い音色で。優しく穏やかに、それでいて芯のある演奏になっていて、これまでのどこか戸惑ったような音色とはひと味違います。曲はタイトルからも連想される通りのスローなバラードで、例によって灯りを落とした部屋や、高層階から見下ろす夜景が似合いそうな雰囲気。ゆったりと寛ぎつつ聴きたい一曲です。

全体を通して聴いてみると、A面よりもB面の方が印象が良いですね。メロディ等々はどの曲も素晴らしいので、この当初のモーガンとはだいぶ違う音色さえ気にならなければ、かなりお勧めできる一枚だと思います。実は私はこの音色がかなり気になってしまって、買った当初は最後まで聴く事ができずにA面の途中で止めてしまったのですけど。ただ、改めて聴いてみると、そんなに酷評するほどには悪くないと思うのです。

やはり先入観付きで聴く場合と、ある程度それがリセットされた後で聴く場合とでは、印象が大きく異なるものですね。これまでも何枚かこういうイメージの変化を経験したアルバムはありましたが、そんなアルバムがまた一枚増えました。やはり今でもA面の音は気になってしまいますが、それでもたまに聴いても良いかなと思うくらいに、曲が良いアルバムだと思います。

時事雑感

今晩の東京は湿度74%。気温が24度なのでまだそれほど不快ではありませんが、このじっとりと肌に粘り着くような空気は、いかにも梅雨という感じです。聞くところによると西の方では梅雨入り宣言が出たそうで、恐らく東京ももうじき梅雨になるのでしょう。5月こそ季節外れの炎天続きでしたが、この分なら梅雨は平年並みを期待出来るのではないでしょうか。あくまで、そうだったら良いなぁという希望的観測に過ぎませんが。

ともあれ、何かと物騒な話の多い時事の中で、この梅雨入りの話題などは珍しく平和な内容といえるでしょう。やはりニュースというのは社会問題が主たるテーマになりがちなので、どうしても明るい話題は少ないですね。とはいえ、知っておいた方が良い話題が少なくないのもまた事実。時事問題を聞いて何がしか考察を加えるというのは、決して無駄な事ではないと思います。というわけで、今日はこの作品をご紹介しましょう。

○時事雑感
著者:寺田寅彦
初出:1931年(中央公論)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2458.html
※リンクは青空文庫です。

1930年(昭和五年)の時事問題をもとに、そこから話題を発展させて様々な考察を加えた作品。作品は三つの章からなり、夫々にひとつの時事問題が対応しています。各章のタイトルは「煙突男」「金曜日」そして「地震国防」最後の一本はなんとなく内容を想像出来ますが、他二本はちょっと内容が想像出来ませんね。もっとも、当時新聞を読んでいた人々であれば、恐らくタイムリーだったであろうタイトルでピンときたのかも知れません。

まずは「煙突男」ですが、これは世界のてっぺんで愛を叫ぶお話などではありません。この煙突男というのは当時新聞紙面を大いに賑わした労働者なのですが、彼が煙突のてっぺんで掲げたのは当時流行りの赤旗であり、叫んだのは労働争議に関わる演説だったそうです。まぁそれだけならそこまで話題にはならなかったのでしょうけれど、この男、煙突の上になんと百数十時間も居座ったのだとか。

果たしてそんな長時間そんな場所に居て、生理現象の類はどうしたのだろうとか下世話な話はひとまず措くとして、その不屈の姿勢は国内のみならず、海外の新聞にまで報じられたのだそうです。寅彦は、彼の主張そのものには全く興味がなかったようですが、彼のこの行動がどうしてそれほど多くの人の心を動かしたのか、という点に注目しました。そして彼は、男の「オリジナリティと根気」がそうさせたのだろうと論じます。

転じて、話題は科学研究に携わる人々の事に移ります。そう、研究の分野に於いての「煙突男」が居ないのは何故か、という問題についてですね。当時から日本人はオリジナリティと根気に欠けると評価されていたそうですが、寅彦は、オリジナリティに富んだ研究を周囲が潰すのが原因だと指摘しました。出る杭は打ちたがるくせに、逆輸入品は手放しで礼賛する日本人の性質は、当時から相変わらずのようです。

次の「金曜日」は、いわゆるマーフィーの法則の真実、とでも言いましょうか。なんでも当時、金曜日に首相が刺されたり撃たれたりの凶事が重なったため、この偶然の一致を不思議がる風潮があったそうなのですが、果たしてそれが本当に不思議なのかどうかを科学的に検討します。寅彦はまず数学的に身も蓋もない真実を突きつけ、その上で、それでもそういった「偶然」が何故特別視されるのかを分析しました。

彼が問題視したのは、人々が「金曜日三つ」にばかり注目し、それ以外の日に起きた凶事は無視している事でした。つまり、「金曜日だけに凶事が集中した」ならば不思議と言えなくもないが、その間に他の曜日でも起きている事が金曜日にも起きていたとして、そこには何の法則性も不思議も有り得ないというのですね。これは統計学的には基礎の基礎、当然の分析なのですが、実際にはかなり意図的に無視される事が多い事柄です。

例えばメディアがよくやる、統計マジックがこの類ですね。注目させたいところ以外を無視し、意図した結論の補強に都合の良い証拠だけを並べて、勝手に納得してしまう。手垢まみれの幼稚な思考誘導ではありますが、その有効性は今なおそれが広く用いられているところからも良く分かります。寅彦は、人はこれを自分自身に対しても無意識にやらかしてしまうことを指摘して、そういった妙な考え方がはびこる理由を明快に示すのでした。

最後の「地震国防」は、タイトル通りの内容。昭和五年に静岡県で発生した大地震についての話題から、防災について相変わらず緊張感の無いことを嘆きます。ここで話題に上っている静岡の地震というのは、1930年11月26日の北伊豆地震のことでしょうか。しかし、最後の方で「煙突男」のことを引き合いに出したところで寅彦が記した日付は、11月24日なのですよね。

この時期は26日の本震の前兆現象としてかなり地震が頻発していたという事ですから、寅彦が言及したのはその中でも大きかったいずれかの事なのかも知れませんし、あるいは別の地震なのかも知れません。しかし、被害の大きかった地域として三島が登場する辺りからしても、恐らく北伊豆地震で間違いないのではないかと思うのですが、どうなのでしょう。この7年前に関東大震災があったとも書かれていますから、やはり間違いないのではないかと思いますが。

ところで、この地震について調べていて気付いたのですが、深度5強程度の地震なら、近年も割と頻繁に起きているのですね。あの震災以来ちょっと沈静化していたのがこのところ俄に再活性化したのかと思っていましたが、一概にそうとも言いきれないようで。要するに日本は地震国であり、寅彦が指摘している通り、いつ大地震が起きても何の不思議もない土地だという事なのでしょう。

当時の時事問題に夫々考察を加えた作品ではありますが、登場する事件の古い割に、結局そのどれもが現代に通じるという、古くて新しい作品でした。結局のところ、社会的な問題などというものは、本質的には当時から何も変わっていないという事なのかも知れませんね。





ミドリシジミ

おはようございます。やはり、気温が上がってくると体力が持ちませんねぇ。昨晩も例によって、どうにかこうにか夕食だけは流し込んだ直後、ほぼ気絶同然に寝てしまって、気がついたら先程でした。日中、それほど疲れる事をしているとも思えないのですが、どうすることもできませんで。まぁある意味健康的な生活パターンなのではないか、とも言えるのですけれど、精神的には非常に不健康です。

まぁそれはともかく。一風呂浴びなければならないことを考えると、あまり時間もありませんね。では、丁度御誂え向きに、先週の土曜に撮影した写真がまだ残っていましたので、今朝はそのお話でも。

このところ土曜日はずっと歯医者で潰れているのですが、半日はフリーなので、午後から近場を走り回っています。大抵の場合行き先は河原なのですが、この日はふと思い立って、野川公園まで足を伸ばしました。目的は公園そのものではなく、その隣にある自然観察園です。以前ここで、何種類か珍しい蝶を見る事が出来ましたので、もしかしたらと思いまして。すると幸運にも、この日は初めて見る蝶に出会う事が出来ました。

ミドリシジミ(メス)
ミドリシジミ(メス) posted by (C)circias

上の写真が、その蝶です。形状からしてシジミ蝶の仲間である事は一目瞭然ですが、こんな色のシジミチョウは見た事がありません。写真ではそれほど光沢があるようには見えませんが、比較的暗い森の中で、この蝶の羽はオレンジ系のメタリックに輝いて見えるのです。

ミドリシジミ(メス)
ミドリシジミ(メス) posted by (C)circias

撮影中にやってきた昆虫ファンの皆さんのお話によると、これはミドリシジミという蝶であるとの事でした。緑系の名前を持つ蝶の常ですが、例によってどのあたりが緑なのかサッパリ分からないですね。羽を広げれば緑色なのかと言いますと、これがまた違いまして。しばらくして羽を広げてくれたのですが、羽の表は次の写真のような色でした。普通に紫色なのですが・・・また例によって、「光の加減によって」とか言うのでしょうか。

ミドリシジミ(メス)
ミドリシジミ(メス) posted by (C)circias

ちなみにこの個体はメスなのだそうで、オスであればもう少し青緑っぽい色になる、とのことでした。メスが居るという事はオスも居るのでしょうし、しばらく通えばいずれ、オスの方も見られるかも知れませんね。たまには朝から来て、じっくりと蝶を探してみても良いかも知れません。

といったところで、そろそろ御時間ですね。それでは皆さん、良い一日を。
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